安息

3/5
前へ
/48ページ
次へ
 シャナンはカナーンが誰に向かって話しているのかわからずに、不安そうな顔をしてカナーンを見上げていた。  加奈の意識はすっかり眠ってしまったわけではなかったのだ。  カナーンは頭に響いてくる加奈の声に一喝したのだった。  カナーンは堂々とした風格を漂わせ、人を魅了させる怪しい光をたたえた琥珀色の瞳を、シャナンに向けた。 「何を怒っているの?」 「……加奈に、バートリの恐ろしさも話しておくべきだった。折角の忠告を無視し、二人で行動するとは無謀なことを。今からでも遅くはない。シャナン、金輪際、私にかかわるな」 「嫌、もう離れない。どこまでもついていきます」 「お前も充分わかっているはずだ。それがどんなに危険なことか。灰になりたいのか?」 「私はカナーンといられるのであれば、灰になろうと構わない」 「馬鹿なことを考えるな」  真っ直ぐに見つめるシャナンに、カナーンは顔を背けて苛々した口調で声を荒げた。  ――どういうこと? バートリ神父はそんなに強い力を持っているの?  加奈の声が再びカナーンの頭の中に響いたが、カナーンは聞こえないかのようにその声を無視した。 「一人で生き続けたくない。私はカナーンのもの。私の存在はあなた次第。加奈は……加奈は私を守ってくれると言ってくれたわ」 「ふん、何も知らない奴の戯言だ」 「でも嬉しかった。それに、きっともう遅いわ。バートリは目覚めた。そんな気配が感じられる。カナーンも感じるでしょう?」 「私に、バートリと戦えというのか」 「そんなこと望まない。一緒にいるだけでいいの」 「戦わずして負けるなどとは、吸血鬼の名に恥ずべき行動……だが、今の私は弱い。バートリに簡単に消されてしまうだろう」 「カナーン」  心配そうにカナーンの顔を見上げるシャナンの青い瞳。 「……早急に力を蓄えなければ」  困ったように、カナーンは口角の端を少し上げ、微かに笑った。  シャナンは目を細めてカナーンの足元に体を摺り寄せた。 「嬉しい……」 「もう、後戻りはできないぞ」  カナーンはかがんでシャナンの腰を片手で軽く抱きよせ、顎に手をかけて、乱暴に唇を奪った。  これが最後の抱擁とでもいうように、カナーンは激しく、いつまでもシャナンを放さなかった。
/48ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加