封印

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封印

この先、どうなってしまうのか怖い。記憶がない間に何をしていたのか。  三神加奈はもう一人の自分の影に怯えていた。 「何か、あったのか?」  山崎はるやが、フォークを持ったままぼうっとしている加奈を見やり、心配そうに声をかけた。 「ううん、別に」  三神加奈は慌てて目玉焼きを口に運んだ。  味気なかった。  味がしない。  美味しく感じない。  以前は大好きだった熱々のトーストもスポンジをかんでいるようだ。  確実に自分の体に変化が現れているのを、加奈は食事をするたびに思い知らされる。  それに伴い、飢えは日々強くなっていた。  食物を摂っても、癒えることのない飢え。  はるやには悟られたくなかった。  加奈は久しぶりの休日、無理をしてはるやの出勤時間にあわせて朝食を摂っていた。  あの夜勤から、二日経っていた。  晴れている空が眩しくて、カーテンは閉めていた。  それでも、はるやは相変わらず、変わらぬ態度で接してくれる。  加奈も別れ話はその後、口にださなかった。  自分を理解してくれる人を手放すのが心細かったのだ。 「はるやくん、私が怖くないの?」 「加奈は、加奈だろ? 何も変わらないよ」  はるやは優しく微笑んだ。  この笑顔に甘えて良いのだろうか。  でも、誰かに頼りたい、寄り添っていたい。  一人でいたらおかしくなりそうだった。  加奈ははるやを利用している自分が嫌だったが、離れる勇気がなかった。 「じゃあ、行ってくるよ」 「うん、行ってらっしゃい」 「加奈……」  はるやが、玄関先で足を止め、振り返った。 「なに?」 「一人で、出歩くなよ」 「うん」  加奈が明るく返事をすると、はるやは玄関を出た。  こんな晴れた日は、外に出られない。  加奈はソファに横になると、いつの間にか寝息を立てて、深い眠りに着いていた。  ピンポーン。  玄関チャイムが鳴り、加奈は目を覚ました。  壁掛け時計は、午後六時を過ぎており、外は薄暗かった。  慌てて、玄関へ出ると、見知らぬ若い娘が硬い表情で立っていた。 「山崎さんを、これ以上振り回さないでっ!」  加奈が声をかける前に、その若い娘は泣き出しそうな勢いで、そう言った。
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