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不安定なカナーン
午前零時、静まり返った寮内。
足音も無く、少女が滑るように廊下を通り抜けていった。
少女というには冷徹な表情を浮かべ、口の端についていた血を手の甲で拭いながら、彼女は漆黒のマントを翻した。
「カナ―ン。派手な動きは命取りだわ」
シャナンは廊下の柱の影に身を潜め、声をかけるべきか迷いながらも、背後からその少女、カナーンを呼び止めた。
ぎろりと睨みつけるような眼差しが、シャナンに突き刺さる。
「シャナン、私に指図をするな」
カナーンのマスターとしての威圧的な態度は、シャナンを圧倒させる。
シャナンは思わずひれ伏してしまいそうになった。
カナーンと呼んでも否定しなくなった三神加奈。
パウル・バートリが教師としてこの高校に赴任していたことを知ったその夜、本格的にカナーンが現れた。
現れたといっても、三神加奈とカナーンの融合が進み、カナーンの人格が一層色濃く現れたというのが正確なところなのだが。
「カナーン、何を急いているの?」
カナーンの出現に、今、自分の気持ちを言わなければとシャナンは必死の思いで口を開いた。
「バートリが直ぐ側にいるのだぞ」
パウル・バートリは何かを仕掛けてくる気配もなく、一週間が過ぎていた。
パウル・バートリが現れてから、シャナンに対するカナーンの態度は一変して冷たいものになり、手にも触れず、視線すら合わせようとしない。
夜な夜なカナーンは寮をさまよい、手当たりしだいに寮生を獲物にしていた。
あからさまに少女たちを誘惑する手口。
力を蓄えるためだけには思えない、シャナンを避けるような態度。
シャナンは、そんなカナーンの行動に不安を抱いていた。
カナーンは、私から離れていこうとしている。
そんな嫌な予感がシャナンにはあった。
「――もう、私から離れないと誓って」
「そのようなことを誓って何になる」
見つめるシャナンから顔を背け、カナーンは窓の外へ視線をはずした。
雪も降らない夜。
月明かりがカナーンの横顔を照らす。
カナーンの人格が色濃くなった三神加奈は、顔立ちさえも変貌していた。
冷酷な鋭い視線。
だが、その瞳には陰りを感じさせる。
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