不安定なカナーン

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「私は一度死んでいるの。ただ貴女に会いたい一心で生きてきた。もう充分幸せを味わえたわ」 「勝手なことを言うな」 「それに、いくらバートリでも、人間が周りにいれば無茶なことはできないでしょう?」 「そうは言い切れぬ。今は多くの下僕を用意するのが先決だ」  カナーンは顔を合わせないように窓をのほうを向いている。  こんなことをしても気休めにしかならぬが、やらないよりはましだ。  カナーンの沈んだ表情は、そう語っているようにシャナンは感じた。 「悪戯に哀れな娘を増やさないで。かつては私もその一人に過ぎなかったのだから」 「お前は既に同族としての生を受けているのだ。下僕と同じはずがないではないか」 「いいえ、私もあなたに魅了された人間の一人だったことに変わりはない」 「私にどうしろというのだ!」  カナーンはシャナンの方を向き、声を荒げた。  カナーンの焦燥感がシャナンにも痛いほどよくわかった。  カナーンはパウルに立ち向かうと断言したものの、最悪の事態が頭から離れないに違いない。  最悪の事態――灰と成り果てた姿。  そんな姿はシャナンも想像したくはなかった。  だが、カナーンの不安定な態度はシャナンをも不安にさせる。  いつも、威風堂々としているカナーンがそこまでパウル・バートリを恐れているのは何故なのか。 「ごめんなさい。怒らせるつもりはなかったの。私は人間をこれ以上巻き添えにしてほしくないだけ」 「おかしなことを言う。では、己の存在を否定しろというのか」 「そんなことは言っていない。無用な犠牲を――」 「愚かな殺戮を繰り返している人間とは違う。シャナンもこの何百年、その目で見たはずだ。それでも、自分を犠牲にして、人間をかばうのか」 「……加奈はそれでいいの?」  シャナンはカナーンに一歩近づき、その瞳の奥を覗き込むように首をかしげた。 「誰に話しかけている。初めから加奈という存在はない。お前もそう言っていたではないか」 「でも、人として過ごした三神加奈も、あなた自身だわ。三神加奈は確かに存在している」 「それは偽りの私だ」 「違う――」 「黙れ!」  シャナンはカナーンに腕を鷲?みにされ、よろけるようにカナーンの胸元に寄りかかった。
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