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「あ、あの、はるや君の知り合いですか?」
「あんたこそ、山崎さんのなんなの?」
「大声を出さないで、ね? 部屋に入って」
玄関先で金切り声を上げる若い娘になだめるようにそう言って、加奈はその娘を何とか部屋のソファに落ち着かせた。
「はるや君の職場のひと?」
「……そうよ。山崎さん、この一週間、ずっと仕事は上の空で、変だったわ。それに苦しそうで。私、見ていられなかった!」
彼女は怒りで体を振るわせ、振り絞るように言った。
二十二、三歳だろうか。
瑞々しい肉感のある唇が美しい。
茶色がかった髪を、バレッタで後ろにまとめ、落ち着いた薄緑色のタイトなスーツを着ている。
きっと、仕事が終わってからここに直行してきたのだろう。
彼女ははるやのことが好きに違いない。
「山崎さん、あなたに時間を合わせるためにずっと無理な残業しているのよ! いつも青い顔をして。このままじゃ、体壊しちゃうわ!」
知らなかった。
はるやは自分の仕事のことは一切口にしないのだ。
加奈ははるやが青い顔をしていたのか思い出せなかった。
加奈は自分のことばかりで、はるやには全く注意を払っていなかったことに気づいた。
「……ごめんなさい」
加奈はソファの横に座りこみ、俯いた。
「別に、謝ってもらおうと思ったわけじゃないわ。ただ、はっきりさせて欲しいのよ。山崎さんに別れるって言っておいて、どうして一緒に住んでいるのよ」
勢いこんできたその彼女は、加奈に謝られて、拍子抜けしたようだった。
若い娘のスーツの胸元から見える、白い首筋が眩しい。
パールの効いた口紅を差した薄紅色の唇が、悩ましい。
若々しい張りのある肌に触れたい。
加奈は、無意識に若い娘に見とれていた。
「ねえ、ちょっと、何よ。黙ってないで何か言いなさいよ」
「……欲しい」
「え? なんですって?」
「あなたが、欲しい」
加奈の目が薄暗い部屋の中で怪しく光った。
もはやその表情は三神加奈のものではなかった。
カナーンが若い娘の血に誘われて現れたのだ。
カナーンはソファに片膝を立てて手を伸ばし、娘の首筋を指先で撫ぜた。
「何を……」
話そうとした彼女に、カナーンは唇を重ねて塞いだ。
「美しい……」
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