クラマドと死とタイムリミット

2/16
前へ
/16ページ
次へ
目を開いて最初に目に飛び込んできたのは、寂れた焦げ茶色の天井だった。 目を動かし、首を左右に傾け、絨毯の敷かれた床に寝ていたことを確認する。 身体を起こそうとして、ふと思い至る。 私は死んだはずなのに、なぜこんなところで寝ていたのだろう。 死んだ瞬間のことは覚えていないが、死んだという確信だけはある。 私の命は終わったはず。なのに、寂れた洋館で横たわっていた。 訳が分からない。 とりあえず周りを見渡す。床に敷かれたペルシャ絨毯。黄金に輝くテーブルとソファー。様々な書物が乱雑に収められている陶器で作られている本棚。 壁に飾られている『最後の晩餐』。 薔薇が飾られている花瓶とビスクドールが置かれている木製の棚。 炎が仄かに揺れている煖炉。 光の灯っていないシャンデリア。 天蓋つきのシミひとつないベッド。 一見統一感のない家具の数々だが、不思議と妙な統一感がある。 しかし、この洋館にこれらの豪華な調度品は似合わない。 一目でこの屋敷には長らく、人が住んでいないと分かる。 剥がれた壁の塗料と黴。天井に幾重にも張り巡らされた蜘蛛の巣。 こんなに存在感のある調度品を纏うのがこんな寂れた洋館など、可哀想だ。 忘れ去られてしまったのだろうか、この屋敷と共に。 忘れ去られてしまったのだろうか、あの男も。 先程から机に座り、にやにやと嫌らしく微笑みながら私を見つめる男。 真紅のスーツに身を包み、立てた膝に腕を乗せ、だらりと垂らしている。 「ようこそ。クラマドの世界へ。待ち侘びたよ」 高い、少年のような声が男の口から上がる。 両手を机につき、足をぷらぷらとさせる。 「二つ質問するから、正直に答えてね?名前は覚えてるかい?」 名前……。私の名前は。 「冬眞、だ」 「ふぅん、男みたいな名前だねぇ」 男みたいな名前。そう言われて身体を見る。 服の上からでも分かる胸の膨らみで、私は女なのだと認識する。 女……?女と言う単語に、酷く違和感を覚える。 「じゃあ二つ目の質問。名前以外の記憶、覚えてるかい?」 言われ、初めて気づく。 名前以外の記憶を、持ち合わせていないことに。
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加