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目を開いて最初に目に飛び込んできたのは、寂れた焦げ茶色の天井だった。
目を動かし、首を左右に傾け、絨毯の敷かれた床に寝ていたことを確認する。
身体を起こそうとして、ふと思い至る。
私は死んだはずなのに、なぜこんなところで寝ていたのだろう。
死んだ瞬間のことは覚えていないが、死んだという確信だけはある。
私の命は終わったはず。なのに、寂れた洋館で横たわっていた。
訳が分からない。
とりあえず周りを見渡す。床に敷かれたペルシャ絨毯。黄金に輝くテーブルとソファー。様々な書物が乱雑に収められている陶器で作られている本棚。
壁に飾られている『最後の晩餐』。
薔薇が飾られている花瓶とビスクドールが置かれている木製の棚。
炎が仄かに揺れている煖炉。
光の灯っていないシャンデリア。
天蓋つきのシミひとつないベッド。
一見統一感のない家具の数々だが、不思議と妙な統一感がある。
しかし、この洋館にこれらの豪華な調度品は似合わない。
一目でこの屋敷には長らく、人が住んでいないと分かる。
剥がれた壁の塗料と黴。天井に幾重にも張り巡らされた蜘蛛の巣。
こんなに存在感のある調度品を纏うのがこんな寂れた洋館など、可哀想だ。
忘れ去られてしまったのだろうか、この屋敷と共に。
忘れ去られてしまったのだろうか、あの男も。
先程から机に座り、にやにやと嫌らしく微笑みながら私を見つめる男。
真紅のスーツに身を包み、立てた膝に腕を乗せ、だらりと垂らしている。
「ようこそ。クラマドの世界へ。待ち侘びたよ」
高い、少年のような声が男の口から上がる。
両手を机につき、足をぷらぷらとさせる。
「二つ質問するから、正直に答えてね?名前は覚えてるかい?」
名前……。私の名前は。
「冬眞、だ」
「ふぅん、男みたいな名前だねぇ」
男みたいな名前。そう言われて身体を見る。
服の上からでも分かる胸の膨らみで、私は女なのだと認識する。
女……?女と言う単語に、酷く違和感を覚える。
「じゃあ二つ目の質問。名前以外の記憶、覚えてるかい?」
言われ、初めて気づく。
名前以外の記憶を、持ち合わせていないことに。
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