霞み想-カスミソウ-(前編)

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そうだ、今日はいないんだっけ。 屋上に来る前、受付のカウンターの中から佐々さんに呼び止められた。 そして、『残業』と、ただ一言。 別に約束をしているわけでもないのに、私を見つけて声を掛けてくれて、それを教えてくれたことが嬉しい。 「今日は走ってないんだ」 向こうから歩いてくる女の人を目で追っていると、図書館の敷地に入ったところで見えなくなった。 図書館? 常連さんだったら、佐々さんも見たことあるかな。 「どんな本を読むんだろう」 佐々さんがいないから、独り言が増える。 ああいう人となら、佐々さんは本のことで盛り上がれたりするかな……。 柵の前に立って振り向けば、いつも本を読みながらそこにいる人。 空のベンチを見つめながら、近付いて、ポスンと腰を下ろす。 「……」 立派な庭園が、今は心細くさせるというか……。 昨日まで元気に咲いていた花壇のパンジーも、少し萎れて見えるよ。 「佐々さんが来ないのが寂しいの……?」 誰もいない屋上で花に話し掛けている自分を想像して、空笑いする。
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