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この場を去ろうと、さっきまで引いていたカートに手を掛けようとしたら。
――スカ
「あれ?」
手は何も掴まず、周りにカートは見当たらない。
カートは佐々さんが押していったのかもしれないと店内を探していると。
「野々原さん」
どこからか名前を呼ばれた。
「佐々さん」
佐々さんはお店の入口でカートをしまっているところだった。
「早く、帰るよ」
「へ。あの……」
彼の両手には会計が済んだスーパーの袋が握られていて、そこから白ネギがひょっこり頭を出している。
「今日は私が出そうと思ってたのに……」
「なら、こっち持って」
肩を落としていると袋を片方渡されるけど、いつもそう。
佐々さんはいつの間にか会計を済ませていて、私が気を遣う暇さえない。
渡される袋は軽い方だし、
「じゃあ次は」
と言うくせに、次も、その次も、私が手提げカバンから財布を出すことはないんだ。
「あの、やっぱり私の分だけでも……」
「1人分も2人分も変わらないよ」
「……。……じゃあ、次は絶対私が出します。2人分。1人分も2人分も、変わらないので」
「フ。はいはい」
運転席に座って少し表情を崩して笑う佐々さんに私は気を取られそうになるけれど、頭が勝手に記憶する笑顔を振り払って、ずっと気になっていることを聞く。
「あの、佐々さん。佐々さんがカート押してる間、何かカゴに入れましたか?」
「……」
なんですか、その沈黙。
「な、なに買いました? 袋の中見てもいいですか?」
「もうすぐ家だから、家に着いてからね」
「はい……」
後部座席でガサガサと鳴る袋の存在が、気になって仕方ない。
佐々さんは、お店を出ても安心出来ずにいる私の気持ちなんて知りもせず。
車内の限られた空間というシチュエーションに、緊張する私の想いに気付きもしないで。
運転する彼の横顔を盗み見てはいつもと変わらない無表情があるもんだから。
ちょっぴり、やるせない気分……――。
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