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俯いている私の視界の端に、どうして?と言いたげな佐々さんの表情がある。
これ以上触れられると、傍にいられると、喉の奥から出そうになる。
っその言葉は、佐々さんを困らせるだけだ――。
「ハハ……」
「野々原さん」
今度は掴まれないように手提げカバンを胸に抱いて、ドアノブに手を掛ける。
「美穂さん、待ってますよ。2人が仲直り出来るといいですね」
「野々原さん」
「送ってもらって助かりました。ありがとうございました」
車を降りながら、私の口からはスラスラと言葉が出てくる。
佐々さんが美穂さんを好きだったこと、今も好きなのかもしれないこと。
それと、私……。
思えば思うほど私の心臓はうるさくなって、それでもそれを悟られないよう平常心を保った。
シートが濡れてはいけないと、すぐにドアを閉める。
バタン、と辺りに響く音。
閉まる前に一瞬、佐々さんと目が合った気がした。
でも、ドアが閉まって車内を照らすライトが消えると、彼の表情は見えなくなった。
ボタボタと落ちてくる雨に当たりながら、手提げカバンを抱き締めて車に頭を下げる。
いつもなら車を見送るのに、私はパッと体の向きを変えて玄関へと向かう。
雨の当たらない軒の下でカバンを漁って鍵を探していると、後ろで水溜まりが跳ねた。
首を回して見てみると、佐々さんの車が走り去るところだった。
車のない道を見つめる。
睫毛に乗った雨滴が、瞬きをして落ちた。
――トサ
するりと手からカバンが落ちて、私はズルズルとその場に座り込んだ。
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