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「はいこれ、タオル。野々原さんの救世主」
素直にタオルは受け取るけれど、そういう問題じゃないと思うの。
渋々タオルにくるまって、寒さに身震いする体を湯気の立つ浴槽に沈める。
シャワーと水の跳ねる音が、心臓の音を掻き消してくれる。
頭を洗う佐々さんに背を向けて浴槽の中で体育座りをした私は、湯面に向かってため息を吐くと、小さな波紋が広がる。
「勉強どころじゃないよ……」
静かに呟いたつもりが、思ったより浴室に響いてしまった。
「……明日、仕事が終わった後に見てあげる」
「え、明日は――」
バシャ、とお湯を跳ねさせて振り向くと、水に濡れた佐々さんの横顔が目に入って、
「っ……」
またくるりと背を向けて、膝を抱え直した。
「明日は、屋上で話をしてくれるんですよ……?」
「面倒になっていなければ……?」
「もうなってるんじゃないですか」
私の中の勘違いは、まだ完全に解けたわけじゃなくて。
「佐々さん……」
「どうしたら伝わるだろう、なんて……この歳にもなって思惟する自分がいるんだけど」
「……私は、まだ聞きたいことも気になることもあって。全部ちゃんと、話してほしくて……」
「うん。分かってる」
ポンポンと、佐々さんの手が私の頭を優しく叩く。
「はい、僕も入るからどっちかに寄んなさいな」
「……本当に入るんですか?」
「入りますよ」
私は仕方なく浴槽の端っこで背中を丸めて、胸の前で腕を畳んで縮こまる。
きっと佐々さんの目には、壁と見つめ合う滑稽な後ろ姿が映ってるだろな。
チャプ、と背後で音がすると湯面がゆらゆら揺れる。
――トク、トク
私の鼓動の振動でお湯が揺れてるんじゃないかって気になる。
「ねぇ……足伸ばさせて」
「あ、はい」
返事はしたものの。
「……」
佐々さんが足を伸ばすと、彼の足の間に私が座っているような状態になった。
背中に落ちては伝う水滴。
佐々さんの髪から垂れてるの?
さっきより近付いた距離で体を見られていると思うと、こんな小さなタオルじゃなくてバスタオルにくるまってしまいたい。
「もっと後ろに下がれば?」
「……大丈夫です」
これ以上下がると、背中が佐々さんにくっつくよ……。
――トク、トク、トク
「フ――」
え?
背中にかかる息、佐々さんの笑い声。
「ごめん」
頭に手を置かれると、ザバ、と音を立てて湯船の水位が減る。
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