はじめての絵

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 「そうですか」  先輩の行動半径としては、まぁ、無難な線だろう。  アイスを買っていった時間を聞くと、今からなら追いつけるかも知れなかった。  「しかしさぁ……」  「?」  どこか険を感じさせる声に振り返る。  外が眩しいせいか、ひどく暗い店内でおじさんが首を傾げていた。  「いや、言っちゃあなんだが、お前があの家族と仲良くしてるのはさ、みんな良くないって陰口叩いてるぞ」  「……」  天井を見て、頬をかく。  良く言われることだが、どうしても慣れない。  「確かに道夫先生に関しては言われたって仕方ないでしょうけど、みく先輩は何もしてない。むしろ被害者の側」  小さく手の平を広げる。  「謂われのない中傷は、自分の価値と、店の評判を落としますよ」  「だからさ、俺は別に悪いだなんて思ってないさ。お客様は神様だ」  「そうですか」  「そうだとも」  どこまで本気か知らないが、面と向かって言うだけましだろう。  「なぁ直也」  ぽっ、と蛍のように火が灯る。  店主は煙草を一服して、深々と溜息をついた。  「あの娘は不憫な子だ。お前だけは何があっても裏切るなよ」  僕の振った首の向きに、店主は、そうか、と呟いただけだった。  「……それじゃ」  別れを告げて外に出る。  暑い。  太陽の下にでた途端、蝉の声と、汗が噴き出してきた。  シャツがじっとりと重くなるのがわかる。  店の前にとめていた自転車のサドルが、やけに熱くなっていた。  「……夏休みだね」  画材のはいった鞄が心なしか軽く感じる。  「よし」  小さくのびをして、自転車のスタンドを蹴った。  陽炎のたつ道は長く長く続いていて、彼女は、ゆっくりと歩いていることだろう。  「はぁ……はぁ、くっ……っ、着いた!  自転車を押し、坂道の頂上で立ち止まる。  苦しくもあるのだが、あいかわらず、嫌になるくらい見晴らしが良い。  ゆるやかに蛇行する道に絡むように、草原が続く。  遠くには、寄せては返す波が、大きなスケールで見て取れた。  「……はぁ」  にょきにょきと沸き立つ入道雲。  海風。  かもめ。  そういえば、なにかの映画でこんな道があったな。  暫く風に吹かれていると、身体の火照りがひいてくる。  車が数台、横をぬけていった。    
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