はじめての絵

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 もう少し、人に見せられるくらい腕が上達したら、ここで絵を描くのもいいだろう。  ふと、昨日の先生の絵が頭に浮かぶ。  その光景を目の前の景色重ねようとしたが、上手くいかなかった。  どうしても、僕にはあの絵が描けない。  今、目に見えている光景ならばどうにかなるのに。  そこに或る景色ならば、どうにかなるのだろうが……。  「ん?」  と、足に何かが当たった。  それはどこかで見たような、真っ白い帽子。  「はぁ、はぁ……っはぁ……」  ふと、背後から先ほどの僕と同じような、荒い息づかいが聞こえた。  「? 先輩?」  「あ、はっ、ははは……げほげほ……やっほ」  額に汗を浮かべながら、先輩がよろよろと歩み寄ってくる。  「どうしたんです?」  「そうしたって、散歩してるだけだよ。どこかに知らないきれいな場所がないかなって」  スイカを模したアイスを手に、先輩が長い髪をなびかせて笑う。  「……強い風だね―」  「はい、これ」  アイスが溶けて、先輩の白い手が汚れてるのを見て、その頭に直接帽子をのせてあげる。  「ありがと。あはは、危うく日射病になるところだったよ。君は買い物? それにしては荷物が違うか」  先輩が自転車をのぞき込む。  「……ちょっと絵を描きにいこうと思って、教室に画材をとりにいってたんです」  「あっそうなんだ。言ってくれれば散歩がてらに持っていってあげたのに」  絶対に途中でへたりこみそうなことを、爽やかに言う。  草原や僕の家がある村の西側からでは、美術講はこの坂を往復しなければならない。  「……まぁ、買い物とかもありましたから」  「そうなんだ」  海を気にしながら、先輩が頷く。  きこきこ、と自転車が音を鳴らす。  本当は、ここをスピードをつけて下るのが楽しいのだが、(なんだか景色が違うな……)それはそれで、平凡で新鮮な景色だった。  「……ところで先輩、どこにいたんです?」  追っていたはずの人物が背後から現れたのだ。  ここまでの道すがら、彼女とすれ違うことはなかった。  「ん、どこって、坂の下の木陰で休んでたんだよ。ちょっとうたたね寝してたの」  指をくるくると回す。  「そしたら君をみかけたんで、後ろから驚かそうと思ったんだけど、帽子くんがおむすびみたいに転がって……」   「ころころ、と」    
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