はじめての絵

5/11

1人が本棚に入れています
本棚に追加
/38ページ
 「おむすびころりん、すっころりん♪」  調子っぱずれな声で、先輩が続ける。  「……なんかハイテンションですね」  「えへへ、「だって夏休みだよ、夏休み!」  両手を広げて、大きく空を仰ぐ。  全然理由になってないのに、先輩の嬉しそうな顔は反論を許さなかった。  「とりあえずアイス溶けてますよ」  「ん、ちょっと持っててくれる?」  アイスを受け取る。  「舌、赤くなってそう」  横を見ると、指を舐めて、自分で確認しようと先輩が真っ赤な舌をさしだしていた。  「あっ、そうだ。絵を描きにいくの見に行ってもいい?」  「えっ?」  「うるさくしないし~、邪魔しないし~、何描くのか気になるし」  「……いや、いつも見てるじゃないですか」  目に見えて、溶けているアイスに言う。  「ほら、あんな薄暗い部屋でむっつりと描いてる時の顔しか知らないから」  今日の先輩は、笑顔以外の表情を浮かべる気がないかのような明るさだ。  「夏の太陽は嫌いじゃないんですか?」  「夏は好きなのよ」  「……はぁ」  どうしても、ひいてくれそうにないか――。  「……まぁ、いいですよ、別に減る物でもないですし」  「やった!」  なにがそんなに楽しいのか、と思わず苦笑いしてしまう。    その後は、とりとめもない絵の話と空の色味について話ながら、坂を下った。  スイカのアイスは、誰も口にしてないのに棒だけになっていた。  ・   ・  ・  ・  ・  「……」  草原と呼んではいるが、その場所は意外に敷地が広い。  誰かの私有地らしく、簡素な柵を乗り越えないと入れないのだが、おかげで景観が損なわれず自然を残している。  なにかの開発途中なのか、意図的なのか。  その端はそのまま崖となり、海に続いている。  「あそこから落ちたら、文字通り海の藻屑か……」  「え、なに?」  帽子とスカートを押さえて、強風の中で先輩が声を上げる。  「風が強いですね」  「うん。凄い場所知ってるんだね。ちょっとドキドキだよ」  先輩は、私有地に無断で立ちいっていることと、物珍しさに、しきりに辺りを気にしてた。  確かにこの草原は珍しい地形をしている。  高い木がなく、高低差ある丘が連なってるため、くぼ地に入ってしまうと視界が通らない。    
/38ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加