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「おむすびころりん、すっころりん♪」
調子っぱずれな声で、先輩が続ける。
「……なんかハイテンションですね」
「えへへ、「だって夏休みだよ、夏休み!」
両手を広げて、大きく空を仰ぐ。
全然理由になってないのに、先輩の嬉しそうな顔は反論を許さなかった。
「とりあえずアイス溶けてますよ」
「ん、ちょっと持っててくれる?」
アイスを受け取る。
「舌、赤くなってそう」
横を見ると、指を舐めて、自分で確認しようと先輩が真っ赤な舌をさしだしていた。
「あっ、そうだ。絵を描きにいくの見に行ってもいい?」
「えっ?」
「うるさくしないし~、邪魔しないし~、何描くのか気になるし」
「……いや、いつも見てるじゃないですか」
目に見えて、溶けているアイスに言う。
「ほら、あんな薄暗い部屋でむっつりと描いてる時の顔しか知らないから」
今日の先輩は、笑顔以外の表情を浮かべる気がないかのような明るさだ。
「夏の太陽は嫌いじゃないんですか?」
「夏は好きなのよ」
「……はぁ」
どうしても、ひいてくれそうにないか――。
「……まぁ、いいですよ、別に減る物でもないですし」
「やった!」
なにがそんなに楽しいのか、と思わず苦笑いしてしまう。
その後は、とりとめもない絵の話と空の色味について話ながら、坂を下った。
スイカのアイスは、誰も口にしてないのに棒だけになっていた。
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「……」
草原と呼んではいるが、その場所は意外に敷地が広い。
誰かの私有地らしく、簡素な柵を乗り越えないと入れないのだが、おかげで景観が損なわれず自然を残している。
なにかの開発途中なのか、意図的なのか。
その端はそのまま崖となり、海に続いている。
「あそこから落ちたら、文字通り海の藻屑か……」
「え、なに?」
帽子とスカートを押さえて、強風の中で先輩が声を上げる。
「風が強いですね」
「うん。凄い場所知ってるんだね。ちょっとドキドキだよ」
先輩は、私有地に無断で立ちいっていることと、物珍しさに、しきりに辺りを気にしてた。
確かにこの草原は珍しい地形をしている。
高い木がなく、高低差ある丘が連なってるため、くぼ地に入ってしまうと視界が通らない。
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