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唯一視線が通るのは海風の道であり、そのまま青い空に繋がっているため、洋上の孤島のような印象を受けた。
「うわ―っ! かもめさんだ~!」
先輩が、丘の上に立って海を見ている。
その様子を見ながら、木製のイーゼルと椅子を組み立て、キャンバスを乗せる。
「じゃあ僕は絵を描きますけど、どうしますか?」
「ん、何もしない」
ちょこんと僕の近くに立って、先輩は気持ちよさそうに微笑んでいた。
「気が散る?」
「……そうでもない」
「すごい冷静だね。わたしは、誰かが見てたり、誰かを見てるのって苦手」
髪をかきあげて先輩が目を細める。
「人を見るのが苦手って、人物を描くときはどうするんです?」
「得意じゃないな。動いてない人間てだめなの。なんだか生きてる感じがしなくて。だから風景専門」
「へぇ」
珍しいというか、かなり意外だった。
「もったいないですね」
一昨日先輩が描いた僕の絵はかなりの物だったが。
「そうかなぁ。人間よりも、自然は色々な表情を見せてくれるよ」
まるで彼女に呼ばれたように、風が吹いた。
「他にはね、次になにをするのか分からないような人が好きかな」
「……じゃあ、僕は違うか」
模範的な行動パターンでしかない僕は、そのふるいにひっかかる。
「? っ、あはははは」
先輩が一瞬間を置いて、大きく笑い出した。
「……なんです?」
「嫌だ、勘違いしないでね。好きって言うのは、絵を描く対象としてだよ」
「え、ええ」
じゃあ、そんなつまらなさそうな顔しないで」
意外な言葉に手が止まる。
「……つまらなさそう?」
思わず頬をなでてみるが、別段変化はない。
「普通ですけど」
「うんうん。そういうことにしておくよ♪」
「?」
さっぱり分からない。
僕にとっては、先輩の行動パターンのほうが謎めいていた。
「……」
笑い続ける先輩と、空を交互に見ながら、思考が空っぽになっていくような気がする。
「……先輩、にらめっこしましょうか?」
「好きだよ、そういう君が」
その後も、とりとめもない話は続く。
その後は、僕の思考と、筆がとまらないくらい気軽で平凡な話題を先輩は喋り続けていた。
「そこの子犬がすっごく可愛いんだけど、近くにいたお母さん犬が怖くて」
「……先輩、犬嫌いなんですか?」
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