はじめての絵

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 真ん中にある世界には興味が薄れていた。  目がいけない。  ずっと隠していたけれど、耐えられなくなってお父さんに相談した日。  あの男は青い空を見上げて笑った。  「なんて羨ましいやつだ」  何度も、この目をくりぬいてやろうかと、鉛筆を握り締めたことか……。  『どうしたの?』  やさしい声がした。  ――ようやく、2番目に嬉しい思い出に辿りついた。  そこは、まだお金がなかった頃の、昔の家だった。  古い木の家の匂い。  たたみの匂い。  蚊取線香の匂い。  扇風機もなかった時代で、うちわが家に何本も置いてあった。  庭にはひまわりが咲き乱れていて、わたしはその花が大好きだった――大好きだったのだ。  だから縁側に座って、その花を前に泣いていた。  なにが原因だったか忘れたが、とにかく涙をぼろぼろ零していて、目の前が黄色く滲んでいた。  「ほら読んでるよワタシ」  思い出の小さな女の子の横に座って、わたしは彼女の肩を叩いた。  ――だってこれは夢だから。  そこでようやく、幼いわたしは、それが自分への呼びかけだと気づいた。  『おかあ、さん?』  『なにを泣いてるの、みく』  病気で床に伏せていた母が、久しぶりに部屋から出てきていた。  記憶に薄く、母の顔はぼやけている。  ぐずぐずと目元を拭って、幼いわたしはお母さんに笑いかけた。  『起きて大丈夫なの? お腹空いたんならお粥でも作るよ?』  その頃は心配をかけまいと必死だったのだが。今にして思えば、そんな下手くそな嘘は、無言の責め苦のようなものだったろうに。  それでもお母さんは微笑んだ。  視界が滲んでいてよくは分からなかったけど、多分――絶対に笑っていた。  夏になって、余計に細くなった手がわたしの頭をなでる。  『鉛筆なんか握ってどうしたの?』  『これ……』  目をくりぬこうとしてました、なんて、とても言えなかった。  『絵を……絵を描こうと思ったの!』  『そう』  幼いわたしは慌てて、家の中を走り回り、裏が白紙のチラシを持ってきた。  お母さんは縁側に座ると、ほぅ、と一つ溜息をつく。  『何を描くの』  『ひ、ひまわり!』  とにかく、一番目についたから口にした。  その題名が、とんでもないものだとも知らない無知な素人であった。  『お母さんの絵は描いてくれないの?』  
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