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『お母さんの絵は、お母さんがもっと元気になって、もっとわたしが上手くなったら描く!』
『そう……』
『約束だよ!』
『はいはい』
そうして、わたしは初めて絵を描いた。
お母さんが見ている横で、わたしは本当に楽しく絵を描いていたのだ――。
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世界の陰影が移ろい、微かに世界の色がかわりはじめた。
「ふぅ」
椅子から立ち上がると、影が長くなっていることに気付いた。
まだ日は高いが、帰りの道程を考えるそろそろ切り上げたほうがいいだろう。
普段ならば、もう少し粘ってもいいのだが……。
「……先輩、起きて下さい」
「う~……ずるい」
「はぁ……わけの分からないこと言ってないで、粘らないでくださいよ」
直接触れることに微かに抵抗はったが、肩をゆする。
細い。
うっすらと、大仰に瞼が開く。
「……おはよう」
「おはようございます」
「絵、どう?」
寝起きにいきなり聞いてくるあたり、流石としか言いようがない。
僕は苦笑いしながら、キャンバスを示した。
「テーマ変更、眠る白雪姫」
「……えーと、お姫様の服を着たわたしが、草原に寝てる。すごく美人に描かれて」
「先輩、鏡見たことあります?」
「最低一日2回は」
きまじめ答えて、彼女はスカートを払いつつ立ち上がる。
「あれ、でもさ、白雪姫は毒のリンゴを食べて寝てなかったっけ?」
「……そうですね」
「何か関係あるの?」
「さぁ」
空のオレンジジュースのパックを回収しながら、肩をすくめる。
「? なんか口元が甘い」
唇に指を当てて、先輩が眉を寄せている。
「王子様のキス……」
「……してません。変な目で見ないでください」
「あはははは」
どうやら、ちゃんと目が覚めたらしい。
「う~ん。少し涼しくなったかな?」
空を見上げて、先輩が大きくのびをする。
あれだけ暑がっていたのに、汗をほとんそかいてないところが凄い。
彼女は軽く手足をほぐすと、僕の絵を手に眺めだした。
そんな時だけは、ドキリ、とするほど真剣な顔になる。
「……そうだね。直也くんはこう、現実にあるモノに虚構を混ぜようとするんだね」
「え?」
「わたしは現実にはない風景を描き、あの男は極端に現実主義に走るか、極端に幻視する。
君はその境界にいる」
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