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冷たい目のまま、彼女は僕に向き直った。
「自分でも気付いてるんじゃないの?」
「……なにに」
唇が歪みそうになるのを、必死にこらえる。
先輩は微かに顎をひいて僕を見つめた。
「せっかく持っている自分を見失ってるって」
「……」
「言おう、言おうと思ってるんだけど、君はあの男の絵に惹かれてるんだよね」
「……ええ」
「向いてないから止めたほうがいいよ」
真夏の太陽の下で、ぞわりと、背筋が寒くなった。
「そういう感性よりも、君はありのままを、きれいに描く才能を持ってるんだから」
「……そうかも知れませんね」
「わたし、本気で言ってるよ」
そんなことは知っている。
ただ、ありがたいことに、取り繕い続けてきた仮面が崩れることはなかった。
「真面目に考えといて。その時は、わたしも協力するから」
腕に手を当てて、先輩は僕の顔を覗き込む。
その黒い瞳には僕が映っていた。
「……」
「……」
「あ、ほら、早くしないとカラスが鳴くよ」
あはは、と何事もなかったかのように笑って、彼女は童謡を鼻で歌い出す。
自分の思考が、ツララのように透き通るのが分かった。
あぁ、それならば、現実にある光景ならばいいじゃないか。
先輩の背中を見つめて僕は、笑顔を取り戻した。
彼女は振り返り、肩越しに僕に笑いかける。
「今度さ、膝枕してあげるよ。絶対気持ちいいから」
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