はじめての絵

11/11

1人が本棚に入れています
本棚に追加
/38ページ
 冷たい目のまま、彼女は僕に向き直った。  「自分でも気付いてるんじゃないの?」  「……なにに」  唇が歪みそうになるのを、必死にこらえる。  先輩は微かに顎をひいて僕を見つめた。  「せっかく持っている自分を見失ってるって」  「……」  「言おう、言おうと思ってるんだけど、君はあの男の絵に惹かれてるんだよね」  「……ええ」  「向いてないから止めたほうがいいよ」  真夏の太陽の下で、ぞわりと、背筋が寒くなった。  「そういう感性よりも、君はありのままを、きれいに描く才能を持ってるんだから」  「……そうかも知れませんね」  「わたし、本気で言ってるよ」  そんなことは知っている。  ただ、ありがたいことに、取り繕い続けてきた仮面が崩れることはなかった。  「真面目に考えといて。その時は、わたしも協力するから」  腕に手を当てて、先輩は僕の顔を覗き込む。  その黒い瞳には僕が映っていた。  「……」  「……」  「あ、ほら、早くしないとカラスが鳴くよ」  あはは、と何事もなかったかのように笑って、彼女は童謡を鼻で歌い出す。  自分の思考が、ツララのように透き通るのが分かった。  あぁ、それならば、現実にある光景ならばいいじゃないか。  先輩の背中を見つめて僕は、笑顔を取り戻した。  彼女は振り返り、肩越しに僕に笑いかける。  「今度さ、膝枕してあげるよ。絶対気持ちいいから」  
/38ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加