第1話 紺碧の天使

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 シャッ、シャッと、筆を走らせる音だけが、2つ、広い部屋に響いている。その音は、どこか韻を踏んでいた。それはお互いにダンスを踊るように楽しんでいるかと思うと、その背中に隠したナイフを、いつ突き立てようかと隙を見計らっているようにも聞こえる。  獣のワルツ。  その緊張感がたまらない。  クーラーの効いた室内は肌寒さを憶えるほど涼しかったが、筆を握る手が汗ばんでいる。  目の前に座る少女が一心に――  それこそ本当に、一瞬の隙さえも見逃すまいと、真っ直ぐに僕を見ているからだ。  ざっ、と色が走る。  キャンバスが真っ赤に染まる。  とても、面白かった。  対面する少女は、それこそ鏡でも見ているようだ。  僕の筆は赤く。  彼女の筆は青い。  彼女は孤高の天才だ。  それは認める。  先生に与えられた〈お互いを見て感じたモノを描く〉というテーマから、僕の心理を読みとろうと必死なのだろう。  鼓動が高鳴る。  自分でも分からない自分の心というものが、他人の手によって導きだされようとしている。  どうだろう僕の正体は?  彼女に分かるのだろうか?  笑いを堪えるのが大変だった。  「どうしたの?」  「……なにが?」  「やけに楽しそうだから」  本人はなぜか不機嫌そうに言って、筆を止めた。  薄い紫色の瞳に感情が戻る。  「――けっこう面白いテーマですよ」  僕が唇だけで笑うと、彼女は溜息をついて椅子から立ち上がってしまった。  「ふぅ……」  時計を見ると、描きだしてからすでに3時間が経過していた。  一度のめりこむと時が経つのも早い。  集中がとぎれたので僕も手を止めた。  「う~」  みく先輩が、窓に額をあてて呻く。  「どうしたの?」  「ん、なんでもないよ……多分……全然まったく」  はぁ、とか長い溜息をついて、まったく説得力がない。  「はいコーヒー。砂糖多め」  「ありがと」  苦笑いしながら、先輩がカップを受け取る。  「いやだなぁ……直也くんが甘い物だすときは、わたしに気を遣ってるんでしょ」  「そうかな?」  「そうよ♪」  くすくす、と笑われてしまう。  自分では気がつかなかったが、確かにそういう物かも知れない。  「気落ちしている時は、温かい物を飲むと落ち着くっていうから」  ブラックのコーヒーをすすって頷く。  
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