1人が本棚に入れています
本棚に追加
/38ページ
シャッ、シャッと、筆を走らせる音だけが、2つ、広い部屋に響いている。その音は、どこか韻を踏んでいた。それはお互いにダンスを踊るように楽しんでいるかと思うと、その背中に隠したナイフを、いつ突き立てようかと隙を見計らっているようにも聞こえる。
獣のワルツ。
その緊張感がたまらない。
クーラーの効いた室内は肌寒さを憶えるほど涼しかったが、筆を握る手が汗ばんでいる。
目の前に座る少女が一心に――
それこそ本当に、一瞬の隙さえも見逃すまいと、真っ直ぐに僕を見ているからだ。
ざっ、と色が走る。
キャンバスが真っ赤に染まる。
とても、面白かった。
対面する少女は、それこそ鏡でも見ているようだ。
僕の筆は赤く。
彼女の筆は青い。
彼女は孤高の天才だ。
それは認める。
先生に与えられた〈お互いを見て感じたモノを描く〉というテーマから、僕の心理を読みとろうと必死なのだろう。
鼓動が高鳴る。
自分でも分からない自分の心というものが、他人の手によって導きだされようとしている。
どうだろう僕の正体は?
彼女に分かるのだろうか?
笑いを堪えるのが大変だった。
「どうしたの?」
「……なにが?」
「やけに楽しそうだから」
本人はなぜか不機嫌そうに言って、筆を止めた。
薄い紫色の瞳に感情が戻る。
「――けっこう面白いテーマですよ」
僕が唇だけで笑うと、彼女は溜息をついて椅子から立ち上がってしまった。
「ふぅ……」
時計を見ると、描きだしてからすでに3時間が経過していた。
一度のめりこむと時が経つのも早い。
集中がとぎれたので僕も手を止めた。
「う~」
みく先輩が、窓に額をあてて呻く。
「どうしたの?」
「ん、なんでもないよ……多分……全然まったく」
はぁ、とか長い溜息をついて、まったく説得力がない。
「はいコーヒー。砂糖多め」
「ありがと」
苦笑いしながら、先輩がカップを受け取る。
「いやだなぁ……直也くんが甘い物だすときは、わたしに気を遣ってるんでしょ」
「そうかな?」
「そうよ♪」
くすくす、と笑われてしまう。
自分では気がつかなかったが、確かにそういう物かも知れない。
「気落ちしている時は、温かい物を飲むと落ち着くっていうから」
ブラックのコーヒーをすすって頷く。
最初のコメントを投稿しよう!