お弁当

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 「う、うん、美味しいよ」  微かにためらった後、微かにひきつった口元で答えられる。  やはり問題があるらしい。  (……これも口に召さないか。もう少し、夏の弁当用に研究をしないとな)  (あいかわらず、女の子のプライドをうち砕く料理なんだから……)  「……」  「……」  にこにこ、とお互いの顔を眺める。  「バレンタインデー楽しみにしててね」  「え、えぇ」  どうして2月の話がでるのか分からなかったが、とにかく楽しみにはしておこう。  「でもさ、このまま料理人っていうのも悪くないんじゃない?」  しそを混ぜてみた卵焼きを箸でつつきながら、先輩が真面目な顔で呟く。  思わず苦笑いしてしまう。  「……料理は仕方なく覚えたものだから、仕事にしたくないんですよ」  「ここまでやって、仕方なく?」  「ええ」  にこにこと、微笑み合う。  「あっ、デザートは自信作ですよ」  名誉挽回にと、僕はとっておきをとりだした。  白い箱の隙間から、白煙が立ち上がっている。  「ケーキの箱……ドライアイス……本当に仕方なくやってる?」  「形だけです」  「昨日の先輩をヒントに思いついたんですけど」  「わたしを見て料理、ね……縁遠いなぁ」  先輩の手が、ゆるりと箱を開ける。  「……真っ赤なおにぎり型のシャーベットに見えなくもない」  「的確な表現です」  「スイカ味とイチゴ味です。ちゃんと果汁を絞って作りましたから、なかなかの酸味で――」  「直也くん」  にこにこと先輩が微笑む。  「3年後のバレンタインデーを楽しみにしていて」    その後、朝刊で見かけた何気ない政治汚職事件から、タコさんウィンナーの上手な作り方を経て、近所で子猫が生まれたという大ニュースに話題が移ったところで、日が落ちていた。  僕と妹が幼い頃、両親は交通事故で死んだ。  あまりにも突然だったし、あっけなさ過ぎて、涙も流れなかった気がする。  僕が小学生の頃のことなので、記憶がおぼろげで確証はない。  近所の人は親切だったし、困ったことは、風間という家のおばあさんが面倒を見てくれた。  クラスの皆も気を遣ってくれて、妹の方でも、大きな問題はなかった気がする。  ただ、僕は周囲に嫌われまいと、いつも笑っていた。      
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