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できる限り友達と遊び、商店の主やおばさん達と世間話をして、空いた時間でとにかく勉強していた。
そうしないと生活がままならないことが、子供心に分かっていた。
夜になると寂しいらしく、妹とはよく子供の頃、お風呂も寝るときも一緒だった。
妹はなまじ両親の記憶がないので、元気に育ってくれた。
だけど僕には世界が忙しく回りすぎていて、自分を割り込ませる隙間を見いだせずにいた。
だから、仮面をかぶったままに生活していた。
その方が楽だから……。
そんな、表向きは何事もなく過ぎていたある日、せっかくの遠足の日に、妹が泣きながら家に帰ってきた。
『いじめられたのか!?』
そう訊いた僕に、妹は遠足が楽しかった、とだけ答えた。
その日、妹がだした弁当箱には、まるまる食べ物が残っていた。
後で考えたが、妹は他人のお弁当に、嫌というほど、『母親』とか『家族』と言うものを見せつけられたのだと思う。
その時はの僕は、自分の弁当と同じように、見栄えなんか気にしないで、美味しそうなものだけを詰め込んでいた。
小学生の妹が、帰り道に空腹と寂しさで泣いていたのだ。
それも、理由を聞いても『楽しかったよ』と答えるような始末である。
今をもって、妹はその時にはなにがあったのか語ろうとはしない……。
その晩、僕は泣いた。
記憶にある限り、最初に泣いた夜だ。
布団の中で歯を食いしばりながら、あまりにも悔しくて、はじめて泣いたのだ……。
「夏場はやっぱり、このくらいからが活動時間だよね~」
「……どこの店もやってないですけどね」
クーラーの効いた美術講の教室を出ると、質量をもった重い空気と、やぶ蚊がまちかまえていた。
日中特有のむっ、とした熱気はないが、それでも涼しいとまではいかない。
「……暑いな。ここにいると自分の部屋にもクーラーがあればって思うんですけどね」
「そうかな、わたしは暑いなら暑いで、夏らしくていいと思うな」
お日様がなければ、暑さそのものには強い先輩である。
熱に強く、直火に弱い発泡スチロールみたいな人だ。
「……ゆっくり歩きましょう。あまり遠くまで行くと、また送り返さなきゃいけなくなりますから」
「子供じゃないから大丈夫だよ」
話があるからと言って、先輩は僕の帰宅に合わせて、月夜の散歩をするらしい。
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