お弁当

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 きこきこと、音のなる古い自転車をひきながら、僕は横を歩く先輩の横顔を覗きみた。  「でも、そっか。君にそんな過去があるなんて知らなかったな」  「……そうですか? 意外とひねくれて育った気がするんですけどね」  「うーん、なんかね、頼っても大丈夫かなって、って思えちゃう大人の余裕があるんだよ」  先輩の横顔は、静かな微笑みを浮かべている。  「……で、ようやく隠しごとを話す気になったんですね?」  一昨日の休講と、今日の不機嫌の理由だ。  「自分の過去なんか語っちゃって、そう仕向けたくせに~。このミスター仏頂面」  「……なんですそれ?」  振り向こうとして、ぶす、と頬に指がささる。  「……」  あはは」  「殺しますよ」  「ねぇ、そんな怖い顔してないで笑いなよ。そう、わたしが抱きついたら笑うかなぁ?」  完全に子供扱いで、僕は溜息をついて答えを保留させてもらった。  ・  ・  ・   ・  ・  月夜の下。  淡く輪郭を浮かばせる先輩の髪が、細かく波打ち、束になっては散ってゆく。  端正でいて、強固な意志を秘めている瞳。  大抵、眠そうにしているので珍しい。  赤く色づく唇。  大抵、いつも何か食べている。  本当に、真剣に絵にしてみたいと思った。  「あのね、隠し事じゃないんだ。うん。ただ言いづらかっただけ」  こちらに視線を送って、へへへ、と本当に恥ずかしそうに頬をかく。  もじもじと身体をゆすり、  「あのね、あのね、直也くんにね、家庭教師をお願いしたいの……」  「……」  は?  「家庭、教師?」  「そう、家庭教師♪」  両手を合わせて、嬉しそうに先輩は頷く。  勘弁してくれ。  僕は一瞬だけ夜空を見上げて、今日の日付を考えていた。  「今日は4月1日じゃないですよね?」  「うん。そうだね」  真面目な顔で先輩も頷く。  気付かなかったのではなく、今は軽く流されたらしい。  「……ええと、もう一度確認しますが、僕に頼んでいるのは、一般に言われる〈家庭教師〉ですよね?」  「一般的じゃないものって何か怖いよ」  先輩が軽く微笑む。  同感だ。  「……で、ここが一番聞きたいんですけれど」  僕は、先ほどの言葉を反芻して、一度言葉を切った。  「……誰が、誰に教えるって言いました?」  「決まってるじゃない」      
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