校内コンクール銀賞

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 一晩経っても、それは夢ではなかった。  むしろ、悪夢にランクアップしたかも知れない。  「家庭教師か……」  憂鬱な仕草にため息をつく。  昼食を済ませて時計を眺めていたが、約束の3時まで遅々として秒針が進まなかった。  仕方なく、ぶらぶらと散歩をしながら先輩の家に行こうと思ったのが午後1時。  家の玄関に鍵をかけて、靴のかかとを入れ直す。  日本舞踊を習っている妹は、今朝早くから家を空けている。  僕の帰りがいつになるか分からなかったので、鍵をかけて、隣の部屋に住んでいる大家の風間のおばあちゃんに預けることにした。  植木鉢の下とか、扉の上の桟などよりも、こうしておくのがよほど安全だったし、僕と妹の習慣にもなっていた。  「ちょっと出かけてくる」  「?」  と、ノックしようと思った扉から、力強い声が響いてきた。  慌てて後ろに下がるのと同じタイミングで、扉が外側に開く。  「暑っ……ん? どうも……」  自分よりもやや年下であろう青年が、こちらに気づくと軽く頭を下げた。  運動している人間特有のがっちりした体型で、あまり人見知りするタイプではなさそうだ。  やや、僕よりも身長が高い。  「なにか用ですか?」  標準な発言の、はきはきした言葉。  軽く会釈をして、僕は鍵を示す。  「大家さんに鍵を預かってもらおうと思って」  「大家……このアパートの人?」  「はい。平素からお世話になっております」  きょとん、と青年が目を丸くする。  「いつもそんなしゃべり方なの?」  「? なにがです?」  「いや、気にしないでくれ」  にやにや、と笑いながら青年は軽く手をあげた。  「ばあちゃんは中にいるから声かけて。ちょっと耳が悪いけど、今は他にも人がいるから。  いうだけ言って、それじゃ、と彼は歩きだした。  「……」  そう言えば、今朝は少し騒がしいと思ったが、親戚が帰郷していたのか。  訪れてくる人も、訪れる場所もない僕たちには、無縁のことだ。  ノックしようとした扉の向こうから、明るい笑い声――家庭の声がした。  (……ああ、そうなのかも知れない)  だから、先輩の家庭教師の約束を受けたのかもしれない。  家族や、家庭みたいなものに憧れて、それを先生や先輩に重ねているのかも知れない。  知れない。  自分のことなのに、よく分からない。    
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