校内コンクール銀賞

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 「……似合わないな」  アパートの廊下で、唇を歪ませて僕は立ちつくしていた。  昔、妹が残してきたお弁当の中身を、急に思い出した。  太陽がぎらぎらと輝いている。  暴力的なまでの暑さ。  遠くの景色は揺らめいていて、もはや、なに蝉か判別つかない蝉の声が、うわんうわんと耳に響いている。  適当に見繕った教科書と参考書で膨らんだ鞄が、自転車のかごで、がたごとと揺れていた。  途中、風間のおばあちゃんの孫だという、あの青年と出会うかと思ったが、どこかで道を折れたらしい。  あの辺りで立ち寄るような場所と言ったら、神社くらいだろうか。  「……そう言えばあの神社。誰も管理していないはずなのに、やたらと綺麗になったな」  鏡内の様子を思い出して、一人呟く。  少し前まではゴミが散乱していたのだが、7月にはいってから、誰かが定期的に掃除をしているのだろう。  そんな思考も、風にのって消えた。  後は、どうやって先輩を真面目に勉強させるかにテーマを変えた。  絶対に、どうやっても、すごく弄ばれるような気がしてならなかった。  そんな溜息も、風にのって消えた。    「……ふぅ」  自転車を止めて、額の汗をぬぐう。  ゆっくりと景色を眺めながら来たが、それでもたっぷり1時間は残っている。  さすがに、この暴力的な時間帯に外をうろつく人間は少ないようで、商店街は閑散としている。  扉が開け放たれた食堂からは、テレビかラジオでの野球の歓声が、もれ聞こえていた。  あの、金属バットの音を聞くと、本能的に夏だと思えてならない。  「教室で休んでるか……」  美術講の入り口となる路地前に、自転車を止める。  クーラーとコーヒーのことを考えながら、僕は鞄を肩に背負った。 「――あの」  「ん?」  知らぬ声に振り返る。  そこには、ちょこんと、髪をツインテールにした、背の低い女の子が立っていた。  「……あ、あ、あの」  長いきれいな髪をいじりながら、必死に、女の子は言葉を押し出そうとしている。  「ゆっくりでいいよ」  「え? あっ、はい!」  僕はにっこり笑って、時間がある証拠に、鞄を地面に降ろしして見せた。  突然ファイティングポーズをとるつもりはない。  2回深呼吸して、胸の前で右手を握りしめて、『おちついて、おちついて』と呟いて、それでも女の子は顔をうつむかせていた。   
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