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女の子がつま先立ちになるのを、なんとなく、コマ送りのように見送る。
身長は足りてそうだな、なんて、酷く客観的な考えが頭を過った。
「……せんぱい」
「!」
先輩?
カチリ――と、頭の中になにかが挟み込まれた。
鈍い痛みを覚える。
それは虫歯に銀紙をつめるような、ラーメンにあんこをいれるような、そんな絶望的な構図だった。
慌てて女の子を押しとどめようとしたが、その潤んだ瞳に射すくめられて、動けなかった。
唇が、温かい感触で包まれる。
「……」
「……」
「……」
手の平で覆われた僕の唇。
手の甲に口づけをする女の子。
2人の顔の唇の間に差し込まれた手。
『手?』
「あ、あはははは」
視線を送る前に、笑い声だけが響いた。
「……先輩」
「ははは……はぁ~あ……」
乾いた笑みを器用に溜息に変換しながら、みく先輩が手をひっこめる。
「っ」
キッ、と女の子が、先輩を睨み付ける。
僕はその間に、壁と女の子の間からカニ歩きで逃げ出した。
「……先輩、どこから現れたんです?」
「あ、うん、君が来るって言うからジュースを買いにいってたんだけど……」
ガサガサ、と袋を示す。
2人して笑っているが、お互いの空々しさにうすら寒くなる。
輪の中で、唯一異なる色のオーラを発している一角もあった。
「……」
「あ、あのね。なんて言ったらいいか……」
「なんにも言わなくてケッコーです!」
思わず耳を塞ぎたくなるような声色で言い放ち、女の子が僕に向き直った。
「せんぱい、また今度……」
ずい、と寄ってくる女の子の肩をもって、一定距離を保つ。
「……今度、なに? さっきから言葉足りてないと思うよ」
「今度は今度ですよ! 邪魔者がいないときに、たっぷりと楽しいことしましょ♪」
そうして女の子は、どうしてと不思議になるほどの冷たい瞳で先輩を一瞥すると、空っ風のように駆け抜けていった。
「……」
「……」
「……」
「……」
見上げると、路地で縦長に切れている空が青い。
「楽しいこと?」
「……」
視線を戻すと、先輩がジト目で僕を睨んでいた。
下手に怒られるよりも、よほど怖い。
今のは僕の責任なのだろうか?
にらめっこをしながら、頭が湯気をだしそうなくらい回っていた。
「……神経衰弱じゃないかな?」
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