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氷室村――“永遠不変”と言う村名に相応しく、夏の光景は、何一つ変わらなかった。
ただ、お父さんの絵に人気が出始めていたこと。
それと、わたしの周囲の状況や、お母さんの病状だけは悪化していた気がする。
「……また、夢?」
川で冷やされる西狐か、波打ち際の海月のような浮遊感を味わいながら、わたしは呟いた。
最近、夢見がちになった気がする。
退化かしら。
『はぁはぁはぁ……』
幼い女の子が、白い紙を手に駆けていた。
この光景をわたしは覚えている。
『やった! あはははは』
両手を広げて、幼いわたしは家路を急ぐ。
小学校の2学期の終わり――他人の目を気にする事のない、楽しい夏休みのはじまり。
それにも増して、手にする紙を早くお母さんに見せてあげたかった。
空を見上げると、まぶしいお日様の光が目に痛かった。
――ドタバタ――ガチャン!
『痛い~~~! 誰よこんなところにリコーダー置いたのは』
わたし。
それこそ、現実のわたしが目を覚ますような物凄い音をさせながら、わたしが家に駆けこむ。
数少ない部屋の仕切りを開き、お母さんの寝床へと急いだ。
『ねぇ! お母さん、見て見て!』
『どうしたのみく、そんなに汗をかいて?』
目を丸くして、それでも笑顔でお母さんはわたしを迎えてくれた。
『あはは……はぁはぁ……げほげほ』
声をだそうとして、酸素がたりなくて咳き込んでしまった。
『まぁまぁ、落ち着きなさい。夏休みがそんなに嬉しいの?』
背をさすってくれるお母さんに、仕方なく紙そのものを手渡す。
『なに、通知表?』
『違うよ、もっと凄いの!』
渇いた紙が開く音と、この後の展開にわたしは胸をドキドキさせていた。
(元からドキドキしてたけど……)
『えーと……あら、校内美術コンクール銀賞!』
『えへへへへ』
『おめでとう!』
ぎゅっ、とお母さんがわたしを抱き寄せる。
大好きな絵で誉められるのが、なによりも誇らしかった。
あまりにも細すぎて、折れてしまうのではと、お母さんの体に力を込めるのが怖かった。
けれど、今日だけは特別。
『さすが、あの人の才能を受け継いでるだけあるわ』
『えー!? わたしは、お父さんみたいな変な絵は描いてないよぉ!』
勢い良く体を引き離したわたしに、お母さんはケラケラと笑った。
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