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『あははは。それはね、みくがお父さんの本当の絵を見たことないからよ』
『本当の絵? じゃあ、いつもは偽物の絵を描いてるの? それは悪い事だって本に書いてあったよ』
お父さんが悪い事をしているなら、止めなくてはいけないではないか――そう、焦ったのを覚えている。
『違う違う、みく……』
お母さんは、笑い過ぎて少し咳き込むと、首を振った。
『お父さんの本当の絵』
『なにそれ?』
訝しげに俯くわたしの頭を、お母さんがなでた。
『お父さんの本当の絵は凄いのよ~。なんたって、貧乏なお父さんとの結婚を、おじいちゃん達が許しちゃったんだから♪』
茶目っ気たっぷりに、お母さんは片目をつぶる。
『おじいちゃん?』
『もう居ないんだけど、それはもう頑固ジジイでね。お父さんと喧嘩ばっかり……』
おいで、とお母さんに連れられて縁側に移る。
マッチで蚊取線香に火を灯して、お母さんは眩しそうに遠くを見た。
『もう、夏だったのね……』
燐の匂いに気をとられて、その時は意味まで考えなかった呟き。
『その絵ってどこにあるの?』
無邪気にわたしは聞いた。
『……ん? その絵はねぇ、描かれた人は見ることが出来ないんだって』
ふぅん、とわたしは話半分に頷いただけだった。
――気づけ。
それは、あの男の絵だからだろう――
『それよりもさ、わしも上手くなったし、約束してたお母さんの絵を描くよ!』
『……そう?』
実は、お母さんを絵に描くためにがむしゃらに絵を描いてきたけれど、人物画は彼女のために、一枚も描いていなかった。
『凄くきれいな場所があるんだけど、そこで描きたいんだ!』
有頂天だったわたしは、ただお母さんに喜んでもらおうと思って手を差し出した。
――気づけ。
わたしの無垢な一言は人を傷つける――
『それはどこ?』
『ここだよ』
鞄の中から、わたしは一枚の水彩画をとりだした。
それは、一面のひまわり畑の絵だった。
「……え?」
今のわたしは、その絵を見つめなおして、声をあげた。
その絵に描かれている場所は、ひまわりこそないものの、直也くんが絵にしていた草原だった。
「起きて下さい先輩」
「……¥B~」
「……」
呻き声がまったく意味不明だ。
「仕方ないなぁ」
ゆっくりと立ち上がって、窓によりかかる。
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