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「う~、どうしようかなぁ……」
天井を見上げて、彼女が呻く。
珍しく往生際が悪いところを見ると、体重が増えただの、田舎暮らしが嫌だだのと言う、いつものネタではないらしい。
「なんですか一体?」
「……あ、あはは。ま、いいや。あんまり深刻なことじゃないから気にしないで」
「そう」
あまり深く追及するのもなんなので、大人しく身を退いた。
視界の隅で、『ごめんね』と先輩が小さく口を動かすのが見えた。
彼女は荷物を鞄にしまい込んで、帽子をかぶる。
「? もう帰るんですか?」
「うん。なんか今日はダメダメ。君も帰りたかったら、鍵はいつもの場所に置いとけばいいから」
「はい」
「それじゃ、また明日」
手だけで答えて、僕はキャンバスに向き直る。
「あ、そうだ直也くん」
「はい?」
開け放たれた扉の外、眩しい陽光を背に彼女が笑っていた。
「あはは。今年も良い夏休みだといいねぇ」
「……」
――バタン
・
・
・
・
・
「……」
僕は頬を描くと、自分の絵を片づけるついでに先輩のキャンパスをのぞき込んだ。
「なんだこれ?」
そこには、射るような眼差しで絵を描いている僕の姿と、僕を背中から抱きしめる碧眼の天使が描かれていた。
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