家庭菜園

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 死と女性をテーマに描かれた絵は、その恐ろしいまでのインパクトで興奮と警鐘を訴える。  この圧倒的なまでの衝撃が、僕が彼に師事する理由だった。  目が、痛い。  「気分でも悪いのか?」  「いえ……」  無意識に歪んでしまう口元を隠しているのが、気分が悪いととられたらしい。  最高に渇きを覚える。  「……これは、駄目だな」  「は?」  「気持ち悪い」  酷くつまらないモノでも見下ろすように、先生は溜息をついてコーヒーをすすった。  呆然とする僕に、彼はカップで絵を示す。  「この絵を見て何を思った?」  「いや……ただ、凄いなと」  「ふん」  すると先生は、渋い表情のまま絵を剥がし、筒状に丸めだしてしまった。  「? 本当に描かないんですか?」  「これは仕事じゃないからいいんだ」  適当に紐で結わえると、先生はその絵を放り投げてしまった。  「それに、この手のは本物を見ながらでないと上手くいかない」  不機嫌そうに椅子に腰掛ける。  「……あれ、そう言えば先生、あの絵巻物はどうしたんです?」  「巻物?」  「ほら、何年か前に見せてくれた、女性がどんどん崩れていく絵巻物です」  「ああ、あれか……」  スケッチブックに何かを描きながら、先生は珍しく言いよどむ。  「先方にちょっとした事情があってね、行方知れずさ」  「いえ、あれも実物を見て描いたんですか?」  質問の意図が違う。  「いや、適当だった。それに酷い出来だったが、あの頃は金に困ってたからな」  「あの頃?」  「妻の体調が良くなくてね」  「ああ……」  病気で亡くなった、先輩の母親のことか。  「そう言えばあの絵巻物には、生き返りのことが書いてあったな……」  「生き返りですか?」  「胡乱なことだ」  それきり、先生は黙ってしまう。  胸中は分からなかったが、外見には何の変化もない。  先輩、遅いな。  その後、いくつかの絵を見てもらい、意見を交換したところで時間になってしまった。  「先生、人を殺すのって、どんな感じなんでしょうね」  戸締りのチェックをしながら、ずっと、気にかかっていたことを聞いた。  微かなためらいの後、苦笑い混じりに答えが返ってくる。  「考えていたより面白くないよ」  ・  ・  ・  ・  ・  結局、みく先輩は姿を見せなかった。    
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