家庭菜園

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 「随分遅くなってしまったな……」  美術講兼青葉家となっている建物から商店街の中程に出てくると、道夫先生が夜空を見上げながら呟いた。  見上げればたくさんの星が瞬いている。  七夕を過ぎてはいるが、天の川ははっきりと見て取れる。  まぁ、本当なら年中見れるものではあるが、この季節は特に意識できる。  この時期になると、毎年のように先輩が説明してくれるからだろう。  すり込みのように星座の見分けがつく。  「食事くらい食べていけばいいのに」  「手料理ですか?」  「ん? いや。みくがいないから出前かそこの食堂だ」  「遠慮しておきます」  自転車のスタンドを起こしながら答える。  「お金の心配ならいらんぞ。財布はここにある」  先生は大人の貫録を見せようとしている。  だが、どこの誰が大衆食堂でご飯を食べられないほど金に困っているのか……。  「大丈夫です。家で妹が用意してありますから。食べないとどんな目にあうか」  その光景を描いて、思わず苦笑いする。  「そうか」  さも残念そうには言ってくれない。  「で、一人で帰れるかね?」  「……誰がです?」  僕のうめきに、先生は不思議そうに眉を寄せる。  「君に決まってるじゃないか。村の西側は街灯もまともにないからね」  「子供じゃないんですから」  「そうか……」  顎に手を添えて考え込んで、先生は僕を横目で眺めた。  「なるほど。みくよりはしっかりしている……。だけど子供って点は変わらないな」  「は?」  「いや、気にするな」  肩をトントン叩くと、先生は気怠げに、よろりと歩き出した。  「先生、どこに行くんです?」  家に帰るかと思ったら、彼はまったく別の方角に足を向けていた。  「あぁ、みくを捜してくる」  (へえ)  口の中で感嘆の息を押し殺す。  まるで家庭を顧みない先生が、星に毒されたのか娘の心配をしている。  「腹が減った……なにか作ってもらわねば」  「さよなら」  僕は自転車をこぎ出した。  「あいつは大切な  だからな」  「え?」  背後から聞こえた呟きに、思わず振り返る。  娘?  弟子?  料理人?  肝心な部分が聞こえなかった。  「……夏は未完成なんだよ。なにもかもが」  夜空を見上げ、先生は薄く笑いながら暗闇に消えた。  僕はその場に暫く佇んでいた。      
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