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「次からは声を掛けるように。」
「え、でも、許可は特にいらないって言われたよ?」
不貞腐れる亜希の横で、久保が苦笑する。
「そう意味じゃなくて。そういう事は『頼れ』って言ってるんだよ。」
「はい?」
「昔はあれやって、これやってって、気兼ねなくやってきてただろう?」
「で、でも、今と昔じゃ違うでしょ?」
「どこが?」
「えっと……。」
立場とか、年齢とか、五年間で変わった事はいっぱいあるはずなのに上手く言葉にならない。
「……よそよそしくするなよな。何か淋しいだろう?」
そう言って拗ねるような久保の様子に、亜希は胸がむず痒くなるような心地になる。
「……もう。」
どうしてこうも彼の一挙手一投足に、自分の心は揺り動かされるのだろう。
そんな事を思いながら、ため息を一つ零すと、亜希は少し肩を竦めた。
「……分かりました。」
「分かればよろしい。」
満足そうに笑い返してくれる久保を見ていると、何だか何年も会っていなかっただなんて嘘みたいに思えてくる。
「何を、くすくすと笑ってるんだ?」
「んー、職業病かなって思って。」
「職業病?」
「そう、さっき郡山先生にもね、頼ってくれって言われてたの。」
「……郡山が?」
「うん。親切な先生だよね。」
亜希に他意などはないと、その表情から分かっていても、久保は面白くなかった。
(……あの郡山が『親切』ねえ。)
胸の内がざわざわと騒めき始める。
「書籍を運ぶのを、手伝ってくれたの。」
「……そうか。」
そう返事をしながらも、胸の内はどす黒いものが渦巻き始めていた。
書類に書かれている文字の「形」は頭に入ってきても、きちんとその意は汲み取れず、頭の中に「意味」が入ってこない。
「――郡山の事、気に入ったのか?」
「……へ?」
「随分、楽しかったみたいじゃないか。」
こんな事を言いたいわけじゃないのに制御が利かない。
亜希は久保の皮肉めいた口調にぱちぱちと瞬きをした。
「……もしかして、拗ねてる?」
亜希に訊ねられて、ハッと我に返る。
――嫉妬。
胸の内の嵐の正体に気が付くと、久保は亜希にはそうと気取られたくなくて、こほんと一つ咳払いをした。
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