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文化祭当日は、喫茶店の接客が意外に混んで忙しく、午前組の亜希がやっと抜けられたのは、13時半過ぎだった。
「亜希、ごめんね。」
「ううん、平気。見てくるついでに、いっぱい宣伝してくるね!」
「ありがとう!」
そう話して廊下へと出る。
(久保センったら、担任なんだし、ちょっとくらい教室を見に来てくれたっていいのに……。)
今日の久保は構内を巡回していて忙しいのは分かっているが、かれこれ三日もろくに顔を合わせていない状態に淋しさが募る。
(結局、内田とも連絡が付かないし……。)
1時間半も余計に働く事をメールしたのに、本人が現れる事もなければ、返事が返ってくるわけでもない。
(内田が『先約有り』って言うから、一緒に回る人もいないしな……。)
そうぼやきながらも、目は自然と久保を捜し始める。
中庭では、毎年恒例の男子生徒によるミスコンが開催されて盛り上がっている。
(去年は紗智と見て、楽しかったな……。)
紗智は昼前に翔と共に教室に来て、手作りケーキとお茶のセットを頼み、美味しそうに食べていった。
意外な事に、翔が甘党だったらしく、大振りのケーキを二つとも平らげていった。
「……セットを二つ頼んだから、てっきり紗智と一個ずつ食べるんだと思ったんだけど。」
「ねー、よく二つも食べれるよねえ。……私、甘いのは二口で充分だよ。翔ったらね、甘いのをたくさん食べるのに全然太らないんだよ? おかしくない?」
そう目を輝かせて話す紗智が、あまりに翔に夢中だから、亜希は少し疎外感を感じて淋しくなった。
「紗智、クリーム、顔に付いたまんまだよ。」
「え?!」
「……口の端。」
翔の指でクリームを拭われて、紗智は顔を完熟トマトみたいに真っ赤にさせて「亜希の前なのに!」と喚いている姿も、何故だかいつもと違って一枚ガラス板を挟んでいるような心地がする。
――変わっていく。
今までみたいに大好きな紗智の恋の応援をし続けたいのに、急に淋しさと、翔に対する妬ましさが顔を覗かせる。
(……私ってば、嫌な奴。)
一人で校内を巡りながら、ため息を吐く。
淋しいのはきっと紗智の事だけが原因じゃない。
今のプレハブ校舎は新校舎が出来上がったら、無くなってしまうのも、きっと原因になっている。
この教室も。
あの教室も。
みんな無くなってしまう。
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