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(……誰だよ、気持ち良く寝てたのに。)
まだ、寝起きでぼうっとした頭のままだったが、ノロノロと鍵を開けると重たい引き戸をずらす。
「……はーい。」
やる気ゼロの状態で、右手は壁に手をついて体を支え、左手で凝った首筋を揉み解しながらドアを開ける。
目の前には意外な来訪者が立っていた。
「――本当に『先生』、やってるのね。」
一瞬、夢の続きかと思って目を擦る。
「……皐月?」
細身のジーパンにキャミソール、薄手のシャツ。
シンプルながら、彼女の快闊さが、よく表れた服装をしている。
「久しぶり。」
「なんでここに? ニューヨークにいるんじゃなかったのか?」
久保がキツネに化かされたみたいな顔をするから、くしゃりと相好を崩す。
「一体、いつの話をしてるの? とっくに日本に戻ってきてるわよ。」
「そうだったか?」
「日本に帰ってきた時に連絡をしたら、『長旅、お帰り』って言ってたじゃない。」
「そうだっけ?」
「――あれは影武者だったとか? もう半年も前の事よ?」
「半年前……。」
「うーん」と唸りながらその頃を必死に思い返して、「そう言えば亜希の事が一段落した数日後に、そんな連絡を受けたような気がする」と思い出す。
「――思い出せた?」
「何となく……。」
諦めたのか、呆れた様子で皐月が肩を竦める。
久保は申し訳なさそうに頭を下げた。
「ごめんな。……その頃は仕事が立て込んでたのもあって、はっきり思い出せないんだ。」
「半年前」と言われて思い出せるのは、亜希の愛らしい寝顔と、今も封印している自分のよこしまな感情だけ。
皐月との事は思い起こせないのに、あの時の亜希の表情が網膜に焼き付いているのか、まるで昨日の事みたいに色鮮やかに思い出せる。
久保はあたりを確認すると、ドアから離れて皐月を招き入れる。
「――ひとまず立ち話もなんだから、中にどうぞ。」
「……お邪魔します。」
扇風機の近くのOAチェアを皐月に譲る。
まだ残暑も厳しいから、アップにした髪が数本ほつれて、うなじにひっついている。
「――それで? 何でここにいるんだ?」
久保はそう問い掛けながら、壁ぎわの資料の山をガサゴソと掻き分け始めた。
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