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 中には小さな冷蔵庫がひっそりとあって、ジュースを二本取り出す。 「なんだか、宝探ししているみたいね。」 「ああ。生徒に見つからないように、カモフラージュだ。」  この秘密の冷蔵庫の事を知っているのは、今のところ久保以外にはいない。  まるで亜希への気持ちのように冷蔵庫を、再び書類の山でそっと覆い隠す。 (進藤の奴、これを見付けたら、目と口を丸くして驚くんだろうな……。)  亜希の事が脳裏に過るだけで、自然と頬の筋肉が緩み、目尻が下がる。  久保は優しい笑顔を浮かべた。 (……タカ?)  皐月の知る久保は、いつも穏やかな海のように静かに笑う。  こんな風に陽だまりのように温かな笑顔は初めてだ。  思わずその笑顔に見惚れてしまう。 「――ほい。」 「あ、うん。」  渡されたジュースのスチール缶はよく冷えている。 「……ありがとう。」  缶を受け取り、改めて見上げた久保は、もう皐月のよく知る人懐っこい笑顔に戻っている。 「――それで、今日は何の用で来たんだ?」 「タカの仕事ぶりを見に来たの。」 「ふーん?」  いつもは亜希が座る予備の椅子に座る。 「それだけじゃ、わざわざ来ないだろう?」 「……察しが良いんだか、悪いんだか。」  皐月はくすりと苦笑を浮かべる。  やけに蝉の声が耳に響く。  外の賑やかな音に比べて、ここは静かだからかもしれない。 「私たち、もう一回やり直せないかな?」  皐月の問い掛けに、久保は静かにかぶりを振る。 「……ダメ?」 「――俺たちは終わったんだ。皐月も言ってただろう? 俺には、肝心な時に甘えられないって。」 「そうだけど……。」  淋しげな皐月の返答に、久保は苦笑する。 「なんだよ、誰かにプロポーズでもされたのか?」  皐月がこくんと頷く。 「――中川君に。」 「ああ、いい奴だな。」 「……タカは、そう言う気がしてた。」  久保がジュースの残りを飲み干している姿を見つめながら、皐月は席を立つ。
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