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「……じゃあ、帰る。それだけだから。」 「来賓玄関まで送るよ。折角、来てくれたんだから。」 「本当、タカは相変わらずだね。」  久保が「良くとっていいのか、よく分からない」って顔をするから、皐月はふっと笑みを漏らす。 (――本当、残酷。)  どんなに彼を想っても、彼は自分を愛してはくれないのだろう。  肝心な時に甘えられないのもよく分かっている。 (どうせなら最後まで冷たくしてくれれば良いのに……。)  そしたら、久保の事もきっぱり諦められるだろう。  皐月は昔みたいに久保の腕に触れると、そのまま腕を絡ませて甘えるように抱き付いた。  その筋肉が、緊張から一瞬で強張る。 「おい、皐月……。」 「送ってくれるんでしょう? エスコートしてよ。」  見上げて見れば、困惑した表情を浮かべている。 「……今だけだから。」 「あのねえ……。ここ、学校なんだからな。」 「――玄関までだから。ね?」 「まったく……。」  久保は肩を竦めると、皐月と腕を組んだまま、国語科準備室を後にする。  しかし、部屋を出てすぐに、目を見開くとその場に立ち尽くした。 (……進……藤?)  青ざめた顔で亜希が、自分の顔を見つめている。  ――身動きができない。  亜希は瞬きも忘れてスイッチが切れたみたいに固まっていた。  あちこち回っても、久保の姿を見付けられなくて、一縷の望みを掛けて国語科準備室の前まで来た。  ――なのに。  中から出て来たのは、久保と睦まじい様子で出て来た女性の姿。  どれくらい、そうしていたろう。  ほんの束の間かもしれないし、凄く長時間かもしれない。  目の前の情景が酷く遠くに感じる。  ――息も出来ない。  世界は色を無くし、音を無くす。 「……タカってば!」  皐月の声に我に返ると、久保は怖い顔になって、その手を振りほどいた。 「……帰ってくれ。」 「ちょっと、そっちが『送る』って言ったんでしょ? 言い出したの、そっちじゃない!」  亜希の心にそのやりとりまでは入ってこない。  まるで映画を見ているような感覚。  頭の中で処理が出来ない。  ――ガンガンする。  亜希は唇をキュッと噛み締めると、久保と皐月に会釈をして踵を返した。
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