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「――タカ?」
睨み付けられて、息を呑む。
「……せっかく手に入れた職なのに、何してるのよ。」
大学時代、教師になるために勉強をしていた彼を知っているからこそ、こんな事で職を失うだなんて考えたくない。
「――人生、棒に振る気?」
久保はうなだれたまま、動かない。
「タカ……。」
(――本気、なんだ。)
見たことのない久保に驚きながらも、そっと抱き締めようと手を伸ばす。
――バンッ。
壁を殴り付ける音に驚いて、皐月は小さく悲鳴を上げると身を強張らせた。
「……分かってる。」
耳元で久保が絞りだすような声で囁く。
「俺はあの子の枷(カセ)になるつもりはない。」
ゆっくり瞬きすると、皐月から離れる。
「……来賓玄関まで、送っていく。」
皐月は二、三段降りた久保を追う。
その背中が痛々しくて、歩みを止める。
「……なんであの子なの?」
久保は無言で階段を降りていく。
お祭り騒ぎの校庭とは中庭が遮断してくれている。
現実世界とは隔離されたように静かな来賓玄関前まで来ると、久保は玄関横の柱に凭れるように立ち、重い口を開いた。
「……理屈じゃないんだよ。」
「理屈抜き?」
「ああ。どうしようもなく愛おしいんだ。」
その口調はとても熱っぽい。
「……俺はあの子を守りたいんだよ。何に替えても。」
「何よ、私には向けたことない顔しちゃって……。」
皐月は久保の頬を両手で挟むようにペチッと叩く。
久保は僅かに顔を顰めた。
「――何するんだよ。」
「……こんな情けない顔する奴なんか嫌い。」
「あのねえ……。」
足早に皐月は来賓玄関の扉前へと進む。
「バイバイ、タカ。次は結婚式でね。」
「……ああ。」
来賓玄関を出る際に皐月は振り返り、久保が追ってこないことを確認する。
(……もう心配して、追って来てはくれないんだ。)
この恋は完全に「おしまい」だ。
もう逃げ道はない。
(……こうなったら、絶対、幸せになってやるんだから。)
人は愛するのと、愛されるのと、どちらが幸せなのだろう。
秋風が吹き抜けて、頬を冷やす。
皐月は正門をくぐると、最寄り駅へと向かった。
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