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「……そんな顔しないでよ。」
久保のおでこに軽くキスをすると、亜希は先にお湯から上がる。
――夢から覚めてしまう。
久保はお湯を掬って、顔を洗った。
(……手に入れても擦り抜けていってしまう。)
――逃がしたくない。
(でも、どうしたらいい?)
久保は逆上せるくらいに温まってから風呂を出た。
独占欲に胸が苦しくなる。
その勢いで湯船からお湯が零れる。
(――こんな思いも一緒に流れてしまえばいいのに。)
バスタオルで髪を拭くと少しさっぱりとした。
アメニティに手を伸ばし、髭を剃る。
バスルームから部屋に戻ると、下着姿の亜希が難しい顔をしていた。
「どうした?」
「ストッキングが伝線っていうか……。」
「あ、ああ……。」
亜希が「ストッキング高かったのになぁ」と呟くから、久保はふっと笑う。
荷物からジャージを引っ張り出すと亜希に手渡した。
「――これ、ひとまず着とけよ。」
「そーする。」
亜希はジャージを着てみる。
「……ぶかぶか。」
久保の香りがする。
ジャージの裾を捲っても緩い。
皺くちゃなスーツを着て苦笑してる姿を見ていると、幸せで胸がいっぱいになる。
「ジャージに埋もれてるみたいだな。」
「そうだね。」
亜希がくすくすと笑うから、心が温かくなる。
時計は6時半を回っていて、そろそろ時間切れに近付いていた。
「……一旦、帰るか。」
「はーい。」
「――そうしてると昔みたいだな。」
「そう?」
「……ああ、お帰り。」
「ただいま。」
久保はくすりと笑いながら手を引くと、二人はホテルを後にする。
自分のぶかぶかなジャージ姿を着て、腕を絡めてくる亜希に、自然と顔がにやけてしまう。
所有物でないのは分かってる。
それでも、久保は亜希が自分のすぐ近くにあることが嬉しくて堪らなかった。
――触れていたい。
――手に入れたい。
久保の小さな独占欲は、亜希が絡めてきた腕の温かみで満たされる。
その証に亜希のおでこにキスをする。
(幸せ、だ……。)
こんなに満ち足りた気持ちになるのは、初めてだ。
胸が張り裂けてしまいそうなくらい、ぱんぱんに愛しさが募ってくる。
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