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車を走らせている合間も、久保は地に足が付かない心地がしていた。
助手席で眠たそうな顔をしている亜希の横顔を目に焼き付けて置きたい。
一方の亜希も久保のジャージに埋もれながら、心地良くなっていた。
――甘酸っぱいシトラスの香り。
それに包まれていると、久保に抱かれているみたいで安心する。
(幸せ……。)
ふくふくと、蒸しあげたお饅頭か何かのように、心が久保で満たされいる。
(一人暮らしで良かったあ……。)
きっとこんな格好で帰ったら、父は卒倒するに違いない。
マンションの前まで来ると、亜希は来客用駐車場を指差す。
車を降りて、エントランスに向かうと指紋認証型のキーになっていた。
「指紋認証……?」
「――うん。女の一人暮らしだし、セキュリティは万全のところにしろって言われたの。」
部屋は7階で見晴らしも良い。
都内のビル群が薄いスモッグに霞んで小さく見えた。
部屋の中は引っ越ししたてで段ボールが積まれている。
まだ、殺風景な部屋に出迎えられて久保はキョロキョロと見回した。
「いつ入居したんだ?」
「一昨日。だから、まだ荷物、開けきってなくて。」
辛うじて荷を解いたキッチン用品から、コーヒーカップを取り出すと、オープンキッチンのカウンターに置いたコーヒーメーカーのスイッチを入れる。
「……こっち。」
亜希はダイニングテーブルの椅子を久保に勧める。
一人暮らしにしては、この家は広い。
キッチンにダイニング。
それに寝室ともう一部屋。
バスルームにトイレ。
「家賃は自分で払ってるのか?」
「んーん、今は親。父がね、しっかりしたところに住めって。」
「……なるほど、ね。」
それなら納得できる。
(あの親父さん、亜希を可愛がってるもんな。)
久保がくすりと笑うと、亜希は訝しげにする。
「どうかした?」
「いや、ちょっとな。」
「それより、着替えなくていいのか?」
「あ、うん、着替えてくる。」
久保が促すと、亜希は着替えをもって寝室に入る。
そして、しばらくするとパンツスーツを身にまとった亜希が姿を現した。
コーヒーも良い香りをさせている。
「今、コーヒー注ぐね。」
「おう。」
とぽとぽと注がれたコーヒーは、白い湯気を立ち上らせていた。
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