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「その先生が言う『恋』からすれば、きっと『恋の蕾』かも知れないけどね。あなたはちゃんと恋をしてるわ。」
「……そうかな?」
不安げな亜希の表情に、ふふっと笑う。
「ええ。だって、男友達が彼氏じゃ嫌だったんでしょう?」
「うん……。」
「――なら、少なくとも友達への『好き』とは違うでしょう?」
ふふっと笑う看護師は、『大人の余裕』を感じさせる。
それは文化祭の日に皐月に感じたのと似たような気持ち。
自分も大人になったら、こんな風に笑えるのだろうか。
経験値の差を見せ付けられて、思わず口を閉ざす。
「――それで? その先生は、『諦めろ』って?」
「……ううん。『本当の恋をしろ』って言っただけ。」
目を細めて「そうなの?」と笑う。
「それなら『時期尚早』って、言っているだけなんじゃないかしら。」
「時期尚早……?」
「――そう。あなたが大人になるのを待ってるみたい。」
亜希は目を丸くする。
「……でも、そうだとしたら、その先生は強者ね。」
「強者?」
「ええ、普通は待てないもの。一筋縄じゃいかないわ。」
くすくすと笑いながら、看護師がソファーから立ち上がる。
「私はそろそろナースステーションに戻るわね。落ち着いたらちゃんと部屋に戻って休むのよ? 体は休めないと、入院期間が延びちゃうから。」
「……はい。」
上の空で亜希は看護師に返事をする。
『あなたが大人になるのを待ってるみたい。』
――待ってるの? 久保セン。
それなら、早く大人になるのに。
胸の辺りの重みに目を覚ますと、自分のとは違う筋肉質な腕が乗っている。
枕の時計は5時を指している。
体が鉛みたいに重たい。
久保に抱かれたまま、いつの間にか眠っていたようで、腕が少し痺れている。
枕元では、静かに久保が寝息をたてていた。
(……かわいい。)
アラサーの男に、どうしてこんな事を思うのか不思議だが、フッと笑みが零れてくる。
寒くないように、久保に布団を掛け直す。
起こさぬように、そっと久保の腕から擦り抜けて、ベッドから抜け出す。
シャツやスラックス、スカートが、脱いだままに床に残骸みたいに散らばっている。
ハンガーに掛けてみたが、皺は取れそうに無い。
昨日は気にも止めていなかった扉を開ける。
中は洗面台になっていて、アメニティが置かれていた。
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