第1話

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例年に増して寒さの厳しかった冬が影響したのか、今年の開花は遅かった。 桜が期待されていた入学式の日も蕾は開かず、肌寒い体育館の中で入学式を行ったのは記憶に新しい。   『県立王崎商業高等学校』  東北地方のとある盆地の中心部に建つその高校は、プログラミングを中心とする『情報科』、簿記を中心とする『会計科』に分かれており、必修内容は若干異なるものの、どちらも商業系に特化したカリキュラムが組まれている。不況が続く中で高い就職率を武器に人気上昇中の高校だ。  今年も4月が訪れ、中学を卒業したばかりの新入生が、期待や不安などそれぞれ異なる感情を抱えながら正門を潜っていく。水沢琴(みずさわこと)は、入学式のたて看板の横で記念撮影する親子に小さく頭を下げて早足でそこを抜けると、一人校舎の入口へと向かった。しかし、正門から校舎の入口までは生徒と保護者の大衆で埋め尽くされており、中々思うように前に進めない。これが入学式のような特別な日でなければ間違いなく不機嫌になっていただろう。琴はため息をついた。 「来賓の方が通りますのでここから先には出ないでください!!」 「車も入りますので大変危険です! 受付に並ばれている方はこちらでお待ちください!」  低くて大きな声が色んな方向から聞こえてくる。歩きながら周囲を見渡すと、所々に頭一つ分抜き出ている坊主頭がちらほらと見えた。人と人の隙間から見える白ともベージュとも言えない色のユニフォーム。それは間違いなく野球部のものだった。琴の通っていた中学校は部活動がそれほど盛んではなく、野球部もそこまで真面目に取り組んでいるようには見えなかった。自身小学二年生からソフトボールを続けてきた琴にとって、『高校野球』とは憧れの存在だった。自身はその輪に入れずとも、夏休みに画面の向こう側で一所懸命プレーする彼らは本当に眩しくて、ああ、何故自分は女に生まれてきてしまったのか、そう思うこともあったほどだ。憧れの高校球児を目の前にした琴は思わず歩く速度を緩める。アイドルにも、俳優にもさして興味の無い琴だったが、彼らは別だ。後ろから流れてくる人ごみに何度か押され、ようやく琴は元の速さで歩き出した。  
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