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入学式は何事も無く終了し、その日は担任紹介とクラスで簡単な学校生活の説明等を聞いて下校となった。大半の生徒が保護者と下校する中、琴は一人朝と逆の道を辿って正門に向かう。すると校舎の影から、朝見たユニフォーム姿の生徒がちらほらと姿を現す。野球部だ!と喜んだのは本の一瞬のことだった。最初に出てきた数人の後ろからぞろぞろと出て来る野球部の集団。二十人ほどいるだろうか。身長こそ疎らであるものの、日々の鍛錬で鍛えられた身体は、中学生のそれとは厚みが全く違い、妙な威圧感を感じる。琴は高校球児こそ好きだが、男は苦手であった。それも自分と同じ年頃や、若い男なら尚のこと。今からロードワークにでも行くのだろう。正門の脇で各自ストレッチを始めた野球部に、琴は思わず足を止めた。
「今日は神社までなー」
「はい部長! 階段トレーニングはなしですか!」
「馬鹿野郎、何のためにわざわざ階段あるところまで走るんだよ。秋谷(あきや)、こいつ締め上げとけ」
一人の部員が、部長と思われる背の高い人物に、天然か冗談か分からない質問をすると、部長は秋谷と言う名の部員にそう指示した。質問をした部員の後ろから秋谷が顎の下に腕を差し込むと、そのまま状態を反らして締め上げる。回りの部員は面白そうにその光景に笑いながら、自分のストレッチを進めていた。琴はそんな光景を、仲の良い部活だと半分感心し、半分戸惑いながら見ていた。
「(最終的には、真顔で切り抜けるしかないんだけどさ)」
平常心だ!何も恐れることはない!琴は自分に暗示をかける様に心の中で叫んで、肩にかけてあるスクールバッグの持ち手をぐっと握り締めて、琴にとってはかなり勇気のいる最初の一歩を踏み出した。と、同時に、後ろから部長―!と誰かに呼びかけるような声が聞こえる。琴が振り返ろうとした瞬間に、声の持ち主は自転車で横をすり抜けて行った。自転車に乗っていたのは、学校指定の白地に紺色のラインが入った上下のジャージを着た男子生徒だった。坊主頭ではない、ごく普通の黒髪短髪を見ると野球部ではないことが予想されるが、男子生徒は野球部部長の目の前で停止する。部長、とは野球部部長のことを呼んだのだろうか。琴は不思議そうに男子生徒を見つめた。
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