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(あの時の君は、いつもとは別人みたいだったね……)
横断歩道をなかなか渡れない小さな子供の手を引き、僕は子供の歩調に合わせてゆっくりと歩いた。
歩道の向こう側には君がいて……
確か、あの日は君の家で晩御飯をご馳走になる筈だった。
珍しいことじゃない。
僕はしょっちゅうご馳走になってたから。
だけど、あの日は君が全部おかずを作ったって、自慢げに言ってて……
待ちきれなくて、近くまでわざわざ僕を迎えにまで来てくれて……
料理は嫌いだって常々言ってた君が初めて作った料理は、一体どんなものだろうって、僕もすごく楽しみで……
(食べられなかったのが残念だったよ。)
あと少し……本当にあと少しだったんだ。
なのに、渡り切るほんの少し前に僕達に向かって、暴走する車がいきなり突っ込んで来て……
一人だったらきっとよけきれた。
だけど、僕の傍には小さなあの子がいた……
僕には咄嗟にあの子を突き飛ばすことしか出来なかった。
そう……何もかもが一瞬の出来事だったんだ……
君は僕に駆け寄り、狂ったように泣き叫び……
いつもの明るい微笑みはすっかり消えていたね。
僕が現実を受け入れられずにいる間にも、僕の身体は焼かれ、葬儀が済んで……
まるで、夢を見ているようだった。
君は、その間も毎日ずっと泣き続け……
僕のせいだと思った。
君から笑顔を奪い、君を病人のようにさせてしまった事が辛くてたまらなかった。
だから、卑怯にも僕は君の傍から逃げた。
ずっとずっと長い間、君のことを忘れようとそればかり考えていた。
今も君があのままだったら……そんなことを想像しては、何度も躊躇った。
だけど、長い年月の流れのおかげでようやく向き合うことが出来て……やっとここに来ることが出来た。
ずっと目を背けていた…怖くて苦しくてたまらなかったこの場所に……
そして、あの頃と同じく明るく微笑む君を見られた。
君は僕よりも早く立ち直っていたんだね。
(……良かった……)
ありがとう、千穂……
これで僕も安心して帰れそうだよ。
忘れられたみたいでほんの少し切ない気持ちはあるけれど……
でも、それよりもずっと……嬉しかった。
遥かな空の上から僕は君のことを見守ってるよ。
これからもどうか幸せに……
~fin.
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