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違う…あれが彼女の筈がない……
そう気付いた時、さっきの扉がまた大きく開き、そこからふくよかな女性が顔をのぞかせた。
「美香…!大事なもの、忘れてるんじゃないの?」
中年の女性はスマホを持った手を振る。
人の良さそうな…そして、若い女性によく似たその明るい笑顔はとても懐かしく……
「……まさか……千穂……?」
不意に彼女が僕の方を見て、僕の視線とぶつかった。
「わぁ…信じられない。
こんな大切なもん、忘れるなんて。」
美香と呼ばれた若い女性ははにかみながら、千穂の方へ戻って行く。
「しっかりしなさいよ。」
そう言った千穂の視線は何事もなかったかのように僕から離れ、美香の方に移った。
千穂は、美香の乱れた髪の毛をそっと撫でつける。
その仕草に僕ははっとした。
(そうか…あの子は君の娘……)
すぐには君だとは気付けなかった。
だって、あの頃とは体格も雰囲気もかなり違ってるんだもの。
(……それほどの時が流れたんだってことだね。)
目の前の君からは母親らしい貫禄や包容力のようなものが感じられる。
そして、強さのようなものも……
(……君は、今、とても幸せなんだね。)
娘を見送り手を振る千穂の姿に、僕は一粒の涙をこぼした。
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