宝物は腕の中

3/22
前へ
/151ページ
次へ
 目を開くとシミがついた天井が見える。  これを見るとキツネを思い出す。小さい頃手袋を買いに出かけたキツネの絵本を読んだ後、一人で寝る部屋のカーテンから侵入してきた月明りがちょうどあんな形をしていた。  とても優しい話だったのに壁に浮かび上がったキツネの影が眠れなくなるほど怖かった。  身体を左へ回転させると、すぐそこに呼吸のリズムで上下する薄い肩が見える。  恋人は初めてここに泊まった時から同じ体勢で眠る。  壁を向いて。少し背中を丸めて。細いうなじがむき出しで、寒そうだ。  余計な布団を置くスペースなんかない一人暮らしの部屋に強引に泊めたのは自分だった。  あの時恋人は少し困った顔をした後に嬉しそうに頷いた。  今考えるとあの時の提案は恋人にとって、良い話しではなかった、のだろうと思う。  自分は今、あんまり良くない。良くない状況がここ三か月ほど続いている。
/151ページ

最初のコメントを投稿しよう!

854人が本棚に入れています
本棚に追加