宝物は腕の中

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   自分のロッカーから紺の作務衣を出しフィッティングルームで着替え、出ると佐々木はまだスマホを見ていた。  ロッカーからエプロンを出して腰に巻く。視線を感じて後ろを振り返ると佐々木はスマホを見ていた。ここには佐々木しかいないのだから気のせいだったようだ。 「あのさー、里見くんって彼女いるの?」  不意に掛けられた質問に一瞬止まって頷いた。  正確には彼女では無い、男だから。でも恋人がいるには変わりが無いので同じことだ。 「へえ、……ああそう……いいなあ、あたしもう半年一人だわ」 「はあ」  佐々木は色白で自分にも分かるほど長いつけ睫毛をつけている。  黒く縁どられた大きな目に厚いピンクの唇。  一般的にかわいいといわれる顔立ちだし、今までに何度か酔ったサラリーマンから名刺を貰っていた。  彼氏がいないと聞いて意外だなと思う。   控室から出ようとすると、「あ、あたしも行く!」と後ろから佐々木が付いてきた。   厨房に一歩足を踏み入れると、出汁のいい香りがする。   調理担当の社員が三人、既に仕込みを始めていて熱気が立ち込めている。
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