宝物は腕の中

10/22
前へ
/151ページ
次へ
  「おはようございます」 「うっす」 「よう」  「おおーす、里見こっち」  仕込みをしている社員の一人、髪を後ろにしばった井戸が手招きした。 「今日は洗いの前にこれ、刺してくれる?」  井戸は首を横に倒す。何か頼むとき、必ず首を倒すので癖なんだろうと思う。  両耳のピアスが首を倒すと照明を反射してきらりと光る。  井戸の前には山のような鶏ももの切り身と竹串が置かれていた。  今日の仕込みは串の準備らしい。  入ったばかりの自分はこの井戸に指示されたように動く。  社員の中で井戸は一番若くバイトの統括をしている。  厨房のバイトは常に二人はいる。  自分は知らなかったがこの店は人気があるらしく平日も客の入りは多い。  串の準備を始めて暫くするともう一人のバイト須賀が現れた。  須賀は半年前にここに入ったと言っていた。慣れた様子で自分の仕事を始める。  串が終わってからはいつも通り洗い場での作業だ。 「ここ、大変だろ?」 「うわ…、はい、まあ」  急に声を掛けられて食器を落としそうになった。左手から滑り落ちた平皿をスポンジを投げた右手で受け止めた。  ホッと息をつく。 「お、あっぶな」  へらへらと笑う井戸が横からシンクに汚れた食器を入れる。
/151ページ

最初のコメントを投稿しよう!

854人が本棚に入れています
本棚に追加