宝物は腕の中

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 一度、それこそ付き合い始めてすぐのことだ。  何の帰りだったか寒い夜並んで歩いていた。  周りに人もいないし、付き合い始めたし、寒いしで手でも繋ごうかと隣の右手を握ろうとしたことがあった。  指が触れた瞬間、恋人は素早く手を引いた。  一人分がもう半分開いてしまった。  胸の前で両手をこすり合わせる恋人を見て首を傾げた。  違うのかな、そういう事じゃないのかな、手を繋いで、抱き合ってキスをして、セックスをする、付き合うってそういう事も込みではないのかな、そう思って不思議だった。  どっちも男だから、男女で付き合うのと同じ形ではないのかもしれない。  その時はそう納得した。  「男同士ってケツ使うんだぜ」と高校の時クラスの誰かが言っていた。そういうものだと知っていても本当にそういうことをしているとは思えなかった。どこか遠くの、夢物語の一つのような認識だったように思う。 「おい、まだ食ってねーの? でっかいずーたいして!」  夢物語を現実に引き戻した男、井戸が山と盛られた焼きそばを待って帰ってきた。 「ほら、お前にもちょーーっとだけ分けてやるよ。これ店長が作ってくれたんだぜ!」  嬉しそうにしながら井戸が一口分焼きそばを寄越した。
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