序章

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雨が、降っていた。 人間と同じというわけではないが、雨が降る時には何かしら意味が込められている、という人が居り、事実少なくない人々がそれに共感を抱いていると思う。 だが、今降り注いでいる天からの雫は、何の前触れも無く降り出したにわか雨。気象予報士も予報せず、予測できなかった、何もかもが全く意味の無い、無機質に降り続ける感情の無い雨。 周りの人間はそんな自然の悪戯に振り回され、煩わしそうな顔をしながら、ある者は家路を急ぎ、ある者は手近な軒下で雨宿りをする。 特に何の変哲も無い、ちょっとしたハプニング。 「はぁっ!はぁっ!は、ぁっ!!」 摩天楼の喧騒から少し離れた場所にある、とある路地裏。 そこでも例外なく降りしきるにわか雨。それすらも全く気にならないかのよう、否、気にする余裕が無いという表情。 滴る雨に混じって、尋常ではない量の冷や汗を流しながら、男が狭く薄暗い路地裏を走っていた。 その顔に浮かぶのは、焦燥、疑問……あるいは、恐怖。 「ぜぇっ……!ぜぇっ……ぜはっ!」 狼に追われる羊。その男の様子を表現するなら、これほどピッタリ合う言葉はないだろう。それほどの、文字通り命がけの逃亡劇をしている。男の表情はそう語り、それでいて全くの嘘を含んでいない。 本当に、自らの命を狙う者から逃れるかのような。 「くそ……くそ、くそっ、くそぉっ!! なんだよ、なんなんだよアイツはぁ……!?」 いや、事実男は追われていた。自らの命を狙う者"達"から。 男は進む。狭く入り組んだ路地裏を、追っ手を撒くように右へ左へ。 しかしその進む足は突如として止まる。 「っ…………!!」 行き止まり。袋小路。そこは偶然にもちょうどビルの壁が三方を囲んでいる場所だった。非常用の階段や梯子なども無く、アメコミヒーローでもなければそこから奇跡の大脱出をしてみせるなど不可能であり、男も例外ではなかった。 男はそこで愚かにも悟った。自分はここへ、初めから連れてこられたのだと。自分が今まで逃げていたのは、最初から逃げられないと分かっていて、あえて泳がされ、生きる希望という幻にしがみつかせられていただけだということに。 「ちくしょうっ……こんなとこで……!!」 絶望に飲まれそうになるのを必死にこらえる男。
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