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「入部希望調査まだ出してない奴いたら早くだせよー。明日が締め切りだからなー」
木曜日、一年二組担任である菅(すが)が、放課後のホームルームの最後に思い出したかのようにそう言った。周りのクラスメイトが、少しざわつき、菅は面倒くさいといった表情で静かにしろと言うが、それも間の伸びた言い方のため殆ど効果はない。日直がホームルームの終わりを告げると、何時ものようにそれぞれ移動を始める。自分の席に座っている琴の手の中には一枚の紙。それは入部希望調査の用紙だった。右手に持つシャープペンは宙を彷徨ってばかりで、一向に書けそうに無い。紙を机上に置いて睨めっこをしていると、視界の端っこに学校指定のサンダルが映り、そして琴の机の横で停止した。サンダルには黒のネームペンで「一色」と書いてある
「(……いっしょく?)」
「ねえ、野球部マネージャーって書かないの?」
聞いたことのない苗字に気をとられていると、上から男子生徒の声が降りかかってくる。質問の内容から、自分に声をかけたのではないと判断すると、琴は紙と睨めっこを再開した。すると、聞こえてない?と男子生徒が困惑したような声色でそう言ったのを聞き、もしや自分に言っていたのだろうか、と琴は焦り始めた。未だに動かないサンダルに、「一色」の文字。相手は男子生徒だと声で分かっているからなのか、琴は中々顔を上げられずにいた。
「おーい」
「わ、私!?」
「そうそう。驚かせてごめんね。そんな小さい声で話したつもり無かったんだけど……」
人懐こそうな笑顔で話す男子生徒は、中学生上がりにしては背が高く、人懐こそうな垂れ目が特徴的だった。坊主頭を見ると、野球部だろうか。琴は内心焦っている状態で、男子生徒に向き合う。
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