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「入学式の日校門の近くで野球部のこと見てたでしょ?」
「見てた、けど」
「だから野球好きなのかなって」
男子生徒の質問の理由が分かった琴は、気まずい表情で言葉を濁した。恐らくこの男子生徒は春休みから練習に参加していたのだろう。気付かれているどころか、覚えられているとは予想しておらず、まるで悪事がばれた時のような心境に陥る。
「俺あの時秋谷さんにシメられてて、まさかそれを同じクラスの子に見られてるなんて全然思ってなかったから覚えてたんだ」
その言葉で琴は思い出した。入学式の日校門の横で先輩部員に締め上げられてた部員。それがこの男子生徒だったのだ。流石に顔までは見ていなかったが、よく思い出せば、部長に質問をしていた部員は、一人だけ王崎商業のユニフォームとは違う色だった気がする。琴が男子生徒の言葉を理解したのが表情に出たのか、男子生徒は嬉しそうに話を続ける。
「俺、一色久登(いっしきひさと)。そっちは水沢さんだよね?よろしく」
「あ、はい。よろしくお願いします」
「敬語じゃなくて良いよ。……それでさっきの話だけど、野球好きなの?」
「好きだけど、マネージャーは出来ない、かな」
「出来ない?やらないの間違いじゃなくて」
鋭い突っ込みに琴は息を詰まらせた。男子が苦手だから部活選択の中に最初から野球部のマネージャーは無かった。という本音は、一色の真っ直ぐな瞳を目の前にして口から出ることは無かった。
「もしかして、男だらけのところに行くのが嫌とか?」
「え?」
「まあそれも一理あるよな。俺も逆だったら怖くては入れないし」
「それは例えが極端すぎるんじゃ……」
「いやいや。思春期真っ盛りの男の世話役って大変でさ、俺の弟も最近反抗期だから……って、俺ん家の話はどうでも良いか。もし野球好きならさ、考えてみない?」
話せば話すほど、一色が鋭いのか、それともただの天然なのか分からなくなっていく。ぱっちりとした瞳を細めて笑う一色は、琴が苦手とする男子とは明らかに違う、今までいなかったタイプだ。それでもずっと目を合わせているのは気まずくて、悩んでいるふりをしていると、一色、と教室の後方から呼ぶ男子生徒の声が聞こえる。
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