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「あ、じゅんじゅんだ」
「その呼び方やめろ。……で、まだ行かないのか?」
「今行くよ。ちょっとマネージャー勧誘してた」
「マネージャー?」
嫌悪感を含んだ声色に、琴は心臓を大きくビクつかせて、シャープペンと紙を握りしめた。幸い、一色に声をかけてきた男子生徒とは背中合わせになっているため、顔を見られることはない。これだから男の子は嫌だ。琴は恐怖を振り払おうとするように心の中で叫んだ。一方一色はそんな琴の様子に気付いていた。平静を装っていても、分かる人間には分かる。一色は心の些細な動きに敏感だ。声をかけてきた男子生徒は、不思議そうな表情で琴の後姿を眺めている。
「……とにかく早くこいよ。先に行ってるからな」
一色が了解の意味を込めて手のひらを向けると、男子生徒は廊下に出て行く。その後姿を確認し、緊張から開放された琴は、小さく息を吐いた。
「ごめんね。今の奴は二組の山本なんだけど、言い方が無愛想でさ。女の子には怖がられてるんだ。誰に対してもああだから気にしないで」
「……はあ」
「俺も早く部活いかないと!じゃあ水沢さん、考えておいてね」
教室の時計を確認すると、手を振りながら慌しく教室を出て行く。一色がいなくなった自分の周りは、何故か話しかけられる前より静けさを増している気がした。琴は再び手の中のよれた紙を見つめた。そこに野球部と書く自分の姿は、どうしても想像できなかった。
「校門のところで見てたでしょって、それだけで琴ちゃんが野球好きと判断するって凄いよね。早計なのか目ざといのか」
「なこちゃん」
会話を聞いていた様子のなこが、琴の前の席の椅子に横向きに腰掛けて言う。
「マネージャーどうするの?」
「……私、あんまり気遣いが上手じゃないし、野球のルールをちゃんと把握してるわけでもないから、マネージャーは向かないと思う。それに、一色君も言ってたけど、男子の集団も得意じゃないというか……」
「そっか、琴ちゃんは男の子が苦手なんだね」
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